人気ブログランキング | 話題のタグを見る

マルディン紀行・6(教会編)

この地マルディン(Mardin)は、地理的・歴史的背景から、色んな民族が交錯してきた町。そして、今も色んな民族が一緒に暮らしている町なんです。トルコ人・クルド人・アラブ人、そしてトルコ語でシュリヤーニ(Süryani)と呼ばれるシリア人(シリアという国とは別ですよ)。
このシュリヤーニと呼ばれる人たちは、イエス・キリストが話していたと言われる「アラム語」の一派である「シュリヤーニ語(シリア語)」を話す人たちで、主にシリア正教会徒です。(←※注)

では、そのシリア正教会の教会を紹介。
以前の記事でも紹介しました、『Mor Behnam Kilisesi(モル・ベフナム教会)』
(別名『Kırklar Kilisesi(40人教会)』。5世紀に建立された歴史ある教会です。
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20574822.jpg

ここは、マルディンの町中でも、数少ない現在も活動中の教会で、いつも訪れている親しみのある教会なのです。観光客が来ると、管理されている方の中からどなたかが案内を駆って下さいます。
内部は撮影禁止ですので写真はないのですけれど、他のシリア正教会の教会と同じく、とてもシンプルで可愛い感じのものです。

礼拝堂の外壁に施されたレリーフ。↓
どちらも、シュリヤーニ語 アラブ文字で色々と書かれています。ただ、言語については、アラブ語なのか、シュリヤーニ語なのか、はてまた他の言語なのかはわかりません。繊細で独特な曲線模様がなんとも美しい♪
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20433761.jpgマルディン紀行・6(教会編)_f0058691_2044071.jpg


【追記】 レリーフの文字は、アラブ文字のようです。miriyunさん、ご指摘ありがとうございました!このレリーフ部分だけ周りの石の色とは違った色になっていますので、おそらく後から付け加えられたもののようです。

こちらは、礼拝堂に続くドアの上部のレリーフ(左)と、その横にあった馬に乗るキリストではなく、大天使ミカエルでしょうか。羽根があり、剣を持っていますものね。(右)。↓  ヨーロッパの教会で見かけるような厳かで神々しいお姿ではなく、何だか親しみやすい温和な印象です。
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20444865.jpgマルディン紀行・6(教会編)_f0058691_2045820.jpg



こちらは、『Meryemana Kilisesi(聖マリア教会)』
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20455029.jpg
シュリヤーニ・カトリックの教会で、1895年、アンタクヤの主教、イグナティオス・ベンハムによって建立されました。
一時期は、主教座も置かれていたということです。
モル・ベフナム教会の横(裏側)に位置しているんですけれど、入り組んだ路地にあって、入り口が小さく、地元の少年が案内してくれていないと、見過ごしていたところでした。
比較的新しい建物ですので、レリーフなんかもとっても綺麗に残されていました。

中庭に面した壁に施されたレリーフ。文字はもちろんシュリヤーニ語。
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20462561.jpgマルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20464968.jpg


こちらは、礼拝堂内部の様子。内部はかなり広々としていて天井も高く、清々しい雰囲気でした。
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_204737100.jpgマルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20475463.jpg



ここマルディンには、教会が9つもあると言われているのですけれど、実際に今も活動しているところは、数箇所のみ。近年になって、この地方の治安の悪さや経済状況の悪化などによって、シュリヤーニの人達がイスタンブールなどの都会や、またアメリカやヨーロッパなどへ移住していき、信者の減少が著しいのだそうです。
この聖マリア教会の近くにあるアルメニア教会の『モル・ユスフ教会(Moe Yusuf Kilisesi)』や、
町の下方にある2世紀に建立されたマルディン最古の教会・『マル・ミハイル教会(Mar Mihail Kilisesi)』といった教会は、活動休止中だということで、見学は無理でした。
それでも、細々とでもしっかりと自分達の信仰や文化を守り続けて来られているシュリヤーニの方々、頑張って欲しいものです。


※注 シュリヤーニ(Süryani)・・・シリア人、またはアッシリア人(現代アッシリア人)とも呼ばれる人たち。祖先はアッシリア人であったことから、こう呼ばれているそうです。
以前の記事では、シュリヤーニ=シリア正教会徒という書き方をしていたんですけれど、実はシュリヤーニの人達の全てがシリア正教会徒というわけではなく、カトリック(シュリヤーニ・カトリック)の信者の方もいます。
また、シリア正教について、とても詳しいサイトがありましたので、興味のある方、参照してみて下さい。こちら です。

で、マルディンといえば、ここを訪ねないわけにはいかない、素晴らしい修道院があります。
続きは、 からどうぞ~。


ブログ・ランキングに参加しています。ポチッと応援よろしくお願いします♪
☆トルコ情報☆


☆人気blogランキング☆




『Deyrul zafaran Manastırı (デイルゥル・ザファラン修道院)』
マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20495585.jpg

以前の記事でも紹介しているんですけれど、補足も兼ねてもう一度。
外観の黄色っぽいべージュの壁の色から、またこの修道院近辺でよく見られたサフランの花から、
〝サフラン(zafaran)〟の修道院と呼ばれています。
396年から493年の建立のこの修道院は、元の名を『聖シュレイムン修道院(Mor Şleymun Manastırı)』。8世紀以降は、『聖ハナンヨ修道院(Mor Hananyo Manastırı)』と呼ばれ、今の呼び方になったのは、15世紀以降のことなのだそうです。
1932年までの640年間にもわたって、シリア正教の総主教座が置かれていた由緒ある修道院なのです。(なお、現在の総主教座はアンティオキア(アンタクヤ)に置かれています)

地下には、キリスト教以前の土着宗教・太陽信仰時代の礼拝所跡(太陽神殿)も残されています。
全面が大きな石造りの部屋で、薄暗く厳かな雰囲気に包まれていました。

マルディン紀行・6(教会編)_f0058691_20504335.jpgこの鐘楼は、『聖ハナンヨ教会(Mor Hananyo Kilisesi)』のもの。

ビザンティン帝国・アナスタシウス帝の時代の491~518年の間に、建てられました。

この修道院の壁にも、繊細な美しいレリーフがたくさん施されているんですけれど、高さがあったりで、上手く写真に収めることが出来なかったのが残念。
修道院のオフィシャルサイトでは、様々なレリーフや建物の概要を見ることが出来ます。


ここを初めて訪れたのは2004年の秋。そのときは、建物がかなり傷んでいて歴史を感じるのにはピッタリな感じだったのですけれど、その後2007年の春に再訪した時には修復作業がなされていて、外壁は既に修復が終わった状態で、すごく綺麗になっていました。
再訪した時は、修復の作業中ということもあって、以前のように自由に見学させて頂くというわけにはいかなかったのが残念でしたけれど、こういう歴史ある建築物を修理しながら使い続けて行くというのは、とっても嬉しいですよね。

また、最近はトルコ各地からの観光客が急増しているそうで、私達が訪ねた日も、駐車場には大型バスが何台も停まっていたほどです。TVドラマでこのマルディン地方を扱ったものが大人気で、その影響が大きく表れているんですよね。もちろん、この修道院だけでなく、マルディンの町中やお隣のミディヤットという町でも、トルコ人観光客をよく見かけました。

観光客が増えるということは、修道院側にとって、必ずしも好ましいことではないように思います。
ただでも古い建物に、ドカドカと大勢の人達が入ってくると、痛み具合も増してしまいますよね。
なのでか、以前にはなかった、入り口での「拝観料徴収」が始められていました。たいした金額ではなかったですけれど、少しでもこの修道院が長く綺麗に使われ続けていってもらうための寄付のようなものですね。

マルディンでもお隣のミディヤットでも、シュリヤーニの教会や修道院は維持していくのが大変な状況です。
信者からの寄付だけでは到底まかなえるものではないですので、行政側も大々的に援助をしているようでした。また、シュリヤーニの人達が移住した先のイスタンブールからもかなりな寄付が寄せられているらしいです。
脈々と続いてきた歴史ある文化遺産ですから、皆で助けていきたいですよね。
(勿論私たちも、見学させて頂いた教会や修道院へは、僅かながらですけれど寄付をさせて頂いています)

【関連記事】
・マルディン紀行1
・マルディン紀行2
・マルディン紀行3
・マルディン紀行4
・マルディン紀行5
・マルディン紀行7
・マルディン紀行8

ブログ・ランキングに参加しています。ポチッと応援よろしくお願いします♪
☆トルコ情報☆


☆人気blogランキング☆

by yokocan21 | 2008-04-09 21:04 | 旅・散歩

 

<< マルディン紀行・7(路地を散策) 最近食べたもの・あれこれ >>