ガズィアンテップ・アートと工芸に触れる旅
セデフ(sedef)。 クルミの木で作った箱に、真珠母という貝をはめ込んだもの。
すべて手作業です。
象嵌細工の一種ですよね。
象嵌細工といえばシリアが発祥地ですけれど、この町はシリア国境まですぐそこ、という土地柄、シリアの影響が濃いのがよくわかります。

お土産用のお皿や、日用品として使われている水差しや鉄板、鍋など、所狭しと並べられています。
トルコの東部や南東部の町では、銅製品のお店や工房をよく見かけます。

店先で銅細工をする職人のおじさん。
銀色をしているのは、銅のスズメッキしたもの。

イェメニ(yemeni)という皮製のスリッパ。
バッファロー、雄牛、山羊、羊、子羊の5種類の皮を使い分け、作ってあるそうです。なので、履き心地は抜群なんだとか。
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ここからは、ちょっと歴史のお話にお付き合いくださいね。
ガズィアンテップの町から東へ約50km、ゼウグマ(Zeugma)という遺跡があります。
ゼウグマは、ユーフラテス川沿いの、古代コンマゲネ王国の主要都市。
紀元前300年、アレキサンダー大王の将軍であったセレウコスⅠ世によって、ギリシャの植民都市となります。当時の町の名前は、セレウシア(Seleucia)。
その後、紀元前64年にローマ帝国に占領され、ゼウグマ(Zeugma)となります。この時代、シルクロード上の中継地点として町は大いに発展。
ところが、256年、サーサーン朝(ペルシャ)に攻められ、町は壊滅状態になります。長い時を経て町は復興するものの、かつての栄華は取り戻せなかった、ということです。
遺跡の発掘作業は、1987年からガズィアンテップ博物館と海外の発掘隊によって始められ、1996年には近くに建設中のビレジク・ダムの下に沈む予定となっていたため、急ピッチで進められました。
それによって、浴場や競技場、また緻密で芸術的なモザイク画を敷き詰められた貴族の邸宅跡などが次々と出現。
この時、遺跡から発掘された数々のモザイク画は、現在ガズィアンテップ博物館に移転、展示されています。
現在、遺跡の1/3がダムの下に沈んでおり、残りの部分は発掘続行中で、オープンエア・ミュージアムとして公開される予定だそうです。
それでは、ガズィアンテップ考古学博物館に展示されている美しいモザイク画を、少々ご紹介いたします。
これらは、だいたい2~3世紀のものです。(ローマ時代)
フラッシュ撮影が禁止されていますので、暗いのですけれど、お許しを。
まず、何かのモチーフ。とにかく超細かい細工で、これが全部石で作られているとは、わかっていても信じられない!


真ん中にポセイドン。オケアノスとテテュス。
こちら、かなり暗く、2階から撮っているので、よくわからないですので、ガズィアンテップ博物館のHPからお借りしてきたものをどうぞ。 ↓


博物館のシンボル的存在のこれは、ジプシーの少女。こちらも、博物館HPより拝借。
なお、ガズィアンテップ博物館のHPでは、数々のモザイク画を見ることが出来ますので、お勧めです!
この博物館のモザイク画は、私が今まで見たものの中では(って、たいして知らないんですけれど)、最も状態が良く、しかも修復もものすごーく綺麗にされていました。
〝感動~〟〝驚き!〟です。
それらは、貴族の館の床に敷かれていたものだと聞いて、まぁなんて贅沢なぁ~!と倒れそうになりました。
モザイク画に使われている石は、町の近くを流れるユーフラテス川で採れたもので、イメージ通りの石がが見つからなかった時にはガラスを使ってみたり、また、それでも気に入らない場合はわざわざガラスを作ったのだそうですよ。
完璧なまでの、芸術作品なのです!
モザイク画の他にも、石像や石棺、コインなど、ローマ時代の出土品が多く展示されていて、見ごたえたっぷり。
都合が合えば是非訪れてみて頂きたい博物館です。
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by yokocan21 | 2007-10-07 06:02 | 旅・散歩













