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復活しました。


夏休み旅行から、無事戻ってきました。
暑い中の旅行でしたけれど、楽しかったです!

エーゲ海を、北から、ドドーンと南方面へ走ってきました。
休みの前半は、家族で北エーゲ海の素敵な町々を巡りました。
まず、チャナッカレ(Çanakkale)を起点に、ボズジャアダ(Bozcaada)という小さな島を観光。
次はアッソス(Assos)の村や遺跡を観光したり、海に入ったり。ここアッソスの海がまた美しすぎるのですよ~。参った!
温泉リゾートでまったりしたり。→ ギュレ(Güre)という小さな町に素敵な温泉リゾートホテルがありました。
アイワルック(Ayvalık)では、町の散策したり、海に入ったり。沖合に浮かぶジュンダアダ(Cunda Adası)という島へ遊びに行ったり。
そして、フォチャ(Foça)にいる親戚を訪ねたり。

・・・・・と、こんな感じで過ぎてゆきました。
北エーゲ海は、ゲリボル(Gelibolu)に住んでいた頃に、イズミルへの行き帰り、いつも通っていたにもかかわらず、通り過ぎてばかりで、じっくりと町を散策したことがなかったんです。
今回、時間をとって、あちこち訪ねてみたら、それはそれは魅力的なところだと、感動しました。
歴史の重なり合いがもたらす、豊かな文化と、温かい人達。それに、何と言っても、美味しいものがわんさか~。
オリーブ油をたっぷりと使った地元のお料理やシーフードたちは、それはそれは美味しかったのですよ。

この辺り、時間のある時に紹介できたら.....と思っています。

そして、後半は、ディディム(Didim)の義母んち。
北エーゲ海は、海の水がちょっと冷たくって(というか、アイワルックなんて、冷たすぎて入れないくらい)、私好みじゃぁなかったんですけれど、ここディディムはさすが南エーゲ海。温かい海に、ほっこり。
滞在中は、一日おきくらいに海へ出かけ、たまにBBQしたり。「これぞトルコ人式サマーハウスでの過ごし方」という日々を送っていました。

そんなこんなな休暇でした。

*******************************

今日、9/12は、中秋の名月なのだそうですので、写真もお月様で。
夜のアッソス(Assos)の港です。向こう側に見える山のようなのは、ギリシャ領のレスボス島。
水面に映る月明かりが、キラキラ♪ このように、月明かりが海面に映る様子を、トルコ語で“Yakamoz(ヤカモス)”といいます。(日本語では何というんだろう.....)
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※留守中、たくさんのコメントをいただき、ありがとうございました!お返事は、明日させて頂きます。



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by yokocan21 | 2011-09-13 05:53 | 普段生活  

犠牲祭@イズミル パート4

引き続き、イズミル(İzmir)です。(これが最後ですので.....)

イズミルといえば、街の雰囲気も、その街を歩く人々も開放的でモダン。エーゲ海の陽光降り注ぐ明るい街は、どよよーん、と古めかしくコンサバな印象ってないんですよね。
イスタンブルや他の街に比べれば、モスクの数も少ないような。(中心部に限ってのことですけれど)
でも、一部、昔の建物が残っているエリアもあるんです。オスマン帝国時代に建てられたモスクなどが残っています。

イズミルのど真ん中、コナック(Konak)広場のすぐ横のエリア。ケメルアルトゥ(Kemeraltı)という一角があります。
そこは、細い入り組んだ道に日用品や装飾品などの店が建ち並び、横道に入ると、おもちゃや部品などの問屋が並んでいます。その辺りは、1922年の大火事(※注1)から被災を免れたのでしょう、古い建物が結構残っているんです。
そんな、ごちゃごちゃとしたエリアの一角に、オスマン朝時代に建てられたキャラバンサライ(Kervansaray=隊商宿)があります。

外から見ると、こんな感じ。クズラルアース・ハン(Kızlarağası Hanı)です。
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このような隊商宿は、トルコの各地に数多く残されているんですけれど、隊商宿という名前で呼ばれてはいるものの、単に宿として利用されていたわけではないんです。
隊商を率いてやって来た商人たちは、宿をとるのと同時に、そこで商いも行います。だいたい、1階部分にはラクダの厩があり、商業をするエリア。2階部分が宿泊エリアです。ですので、厳密には、隊商宿兼商業施設、といったところでしょうか。

このクズラルアース・ハンは、オスマン朝時代の1744年、宦官長であった、ハジ・ベシル・アー(Hacı Beşir Ağa)によって建設されました。
なお、この「宦官長」というのが、「クズラル・アース(Kızlarağası)」という意味です。クズラル・アース=直訳すると「女の子たちの長」。なんでかといいますと、オスマン朝時代の宦官長というのは、ハレム(Harem)のお目付け役でもあったからなのですね。
ちなみに、宦官長は、主に、アフリカから連れてこられた黒人が多かったのも、オスマン時代の特徴です。


2階建ての建物の2階部分から、中庭を眺めて。
小さな窓がいっぱい並んでいるのは、客室の窓です。中庭は、現在はカフェとなっています。
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向こう側のモスクはヒサル・ジャーミィ(Hisar Camii)
16世紀後半(1592年または1598年と言われている)、モッラ・ヤークプ・ベイ(Molla Yakup Bey)により建てられました。



現在、この隊商宿は修復され、お土産屋や絨毯屋、骨董品屋やアクセサリー屋といったお店がいっぱい入っています。
廊下は、こんな感じ。明かり取りの窓があり、規則正しく並べられた屋根の石の様子など、とってもいい雰囲気です。
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左は骨董品屋さんが集まるエリア。
右はアクセサリーショップやお土産屋さんの集まるエリア。


2階部分を歩いていて面白いお店を発見。ネイ(Ney)という葦笛の専門店です。
トルコの古典音楽(特にスーフィズム音楽)には欠かせない楽器です。まぁ、一言でネイといっても、様々な長さのものがあるんですね~。
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* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

クズラルアース・ハンの横は、こんな小径。 (ちょっと、お兄さんジャマなんですけどぉ~)(笑)

f0058691_622650.jpg細い路地には、お外に小さなテーブルとイス(座面の低い、トルコならではのもの)がいっぱい並べられたカフェがずらりと並んでいます。

そんなカフェの中から、今回は、こちらに座ることにしました。
カフヴェジ・オメル・ウスタ(Kahveci Ömer Usta)』。


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左:サーレップ(Salep)。以前こちらでも紹介したことがあります。
ランの一種の球根の粉末(サーレップという)を、熱々のミルクと一緒に煮たもの。砂糖もたっぷり、甘~くって美味しい冬の飲み物です。シナモンをたっぷりと振りかけて.....ふぅふぅ♪

右:トルココーヒー(Türk Kahvesi)。ただ、普通のトルココーヒーとは、ちょっと違います。これ、カップごと火にかけて煮だしたもの。その名も、そのまんま、“Fincanda pişen kahve”=カップで煮たコーヒー。
この辺りのカフェでは、カップごと煮出したトルココーヒーが有名なんです。

このお店のサイトによりますと、昔、ミマール・スィナン(Mimar Sinan)(※注2)の時代、コンヤ、カラマンからスコピエやサラエヴォへ、モスクやハマム(トルコ風呂)、隊商宿や橋など、石造りの建築工事に駆り出された労働者たちが、作ったことが始まりなんだそうです。暖をとるために燃やした焚火の、残りの灰の中で、カップごとコーヒーを淹れていたらしいのです。
トルココーヒーは、ジェズヴェ(Cezve)という専用の小鍋で淹れるのが普通なんですけれど、作業中の労働者たちは、手っ取り早い方法を生み出したってことですね。



とまぁ、今回遊びに行った(いえ、正確には犠牲祭のための訪問でした)イズミル。
街は、どんどん綺麗になっているし、新しいシッピングモールや大型店もたくさん出来ていて、その発展ぶりは素晴らしいものがありました。
そして、いつもキラキラ・エーゲ海の太陽!これこそが、イズミル!
もっともっと楽しい場所がいっぱいあるんですけれど、限られた時間の中では、これくらいが精一杯。これ以外のものは、またの機会に。


※注1 1922年の大火事・・・・・第一次世界大戦にトルコが敗れると、ギリシャ軍がイズミルを占領します。その後、1922年9月9日、アタテュルク率いるトルコ軍がこの街を奪還するんですが、9月22日、撤退するギリシャ軍が街の中心地に火を付けた、といわれています。火は数日間燃え続け、イズミルの中心地は灰となってしまったのです。なお、広大な焼跡地は、現在、「イズミル・フアー(İzmir Fuarı)」という広大な公園&見本市会場となっています。


※注2 ミマール・スィナン(Mimar Sinan)・・・・・16世紀に活躍した、オスマン帝国最高の建築家。詳しくは、wikipediaをどうぞ。



関連記事をまとめてみました。
犠牲祭@イズミル パート1
犠牲祭@イズミル パート2
犠牲祭@イズミル パート3

もうひとつ、関連記事を。ディヤルバクルの隊商宿・『ハサンパシャ・ハン(Hasan Paşa Hanı)』。


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by yokocan21 | 2011-01-18 06:28 | 旅・散歩  

犠牲祭@イズミル パート3

昨年の犠牲祭に訪ねたイズミル(İzmir)の続きです。
   (以前の記事は、こちら と こちら です)

なんだか、もうとっくの昔の話のようですけれど、お付き合い下さいませ~。

犠牲祭の連休の間は、ぽかぽか陽気の日が多くって、お散歩やぶらぶら外出にはもってこいでした。そんな晴々したある日、久しぶりに訪ねたのが、この建物。
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これ、エレベーターです。トルコ語でアサンソル(Asansör)

場所は、海岸通りに近いミトハト・パシャ通りと、丘の上のハリル・ルファット地区とを結ぶところ。
イズミルの中心地にほど近い住宅地なんですけれど、その辺りって、急な坂道ばかりで、海岸沿いの通りから上の通りに行くには、さぞ大変。特に、お年寄りや子供、妊婦さん達には生活しにくいもの。
そこで、このイズミルに住むユダヤ系の慈善家、ネシム・レヴィ・バイラクルオール(Nesim Levi Bayraklıoğlu)という方が、この地にエレベーター(アサンソル)を建設しようと思いついたのです。
今からかれこれ100年以上も前、1907年のことです。
なんと、当時としては斬新なことを思いつく方がいらしたのですね。

建設当時は、蒸気機関でモーターを動かしていたようです。


f0058691_22374473.jpgちなみに、この辺の坂道に付けられた、延々と続く階段。

相当に旧勾配なのがわかります。

これ、毎日だと、大変だよなぁ.....。



f0058691_2257343.jpgこちら、アサンソルの近景。

背後の絶壁、見えますかぁ?

イズミルのこの辺りは、海からいきなり山、みたいな地形です。



で、このアサンソルに乗って、すぅ~っと、上まで登ってみますとーーー。
こぉんな絶景がぁ~♪

コナック(Konak)やアルサンジャク(Alsancak)方面を眺める。柵やランプの装飾も素敵! 
ここは展望台にもなっていて、カフェも併設されているので、お天気ばっちりなその日は、大勢の人で賑わっていました。
このカフェ、デートスポットでもあって、いつもカップルでいっぱいです。私たち夫婦も、昔は(!)何度かここにお茶しに来たことがありますよ。
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カフェの内部からの眺め。
この横には、夜だけオープンする、ちょっとオサレなレストランもあって、なかなかいい雰囲気なのです~。
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こちらは、対岸のカルシュヤカ(Karşıyaka)地区を眺める。イズミル湾を、の~んびり船がゆく。
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こういう光景を眺めると、ほぉ、イズミル、いいなぁ~~~って思います。
トルコでも、住んでみたい街の人気上位ランクされいますからねぇ。納得ですよね!



ところで、ここ、アサンソル(エレベーター)本体は言うまでもなく、もう一つ有名なものがあります。

f0058691_22594517.jpgこの方。

ダリオ・モレノ(Dario Moreno)さんです。

地元イズミル出身の、往年のシャンソン歌手です。
50年~60年代にかけて、数々の舞台で歌い、何枚ものレコードを出し、また、ブリジット・バルドーとも共演したり、俳優としても大活躍されていたようです。

一番上の写真、左側にある白壁のおうちに一時住んでいたということで、その小径は「ダリオ・モレノ通り(Dario Moreno Sokağı)」と呼ばれています。



ちょっと参考に、こちら、どうぞ。
イスタンブル・ボスフォラス海峡の素晴らしい景色をバックに、ダリオ・モレノの歌声が冴えわたります。



そうそう、我が美輪明宏さん(当時は丸山明宏でした)のお馴染み・『Me Que Me Que(メケメケ)』は、このダリオ・モレノさんも歌っているようですね。 (メケメケのオリジナルは、ジルベール・ベコー)


※このアサンソル、以前は、乗車料金を払っていたんですけれど、今はタダです。そして、アサンソルの中では、ダリオ・モレノさんの曲かと思われるシャンソンが流れていました。


このアサンソルのある地区には、昔ながらの木造建築も残っていて、散策してみると、なかなか面白いエリアでもあるんです。
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2階の窓部分が外に張り出した形の、オスマン朝時代の建物。
これらは、“ルム・エヴィ(Rum Evi)=ルムの家”と呼ばれています。ルム(Rum)とは、トルコ領在住のギリシャ人、という意味で、当時のギリシャ人達が好んで建てた建築様式なんでしょうね。
(背後の高い建物は後になって建てられた、コンクリート造りのものです)


【追記】 この、2階の窓部分が張り出している様式の木造住宅、コメントでも興味を持って下さる方がいらっしゃいましたので、ちょっと補足をしておきます。

2階の窓が外に張り出した形のものを、ジュンバ(Cumba)というんですけれど、このジュンバの付いたオスマン時代の木造建築は、トルコの古い街では、今もよく残っています。ここイスタンブルでも、旧市街やボスフォラス海峡沿いの古くからの町では、まとまって残っていたり。うちの近所にも、何軒かありますよ。
最近は、そういう伝統的な木造住宅を綺麗に修復し、保存する動きも盛んです。

このような様式の住宅は、一般的には「オスマン時代の家(Osmanlı Evi)」という風に呼ばれています。
ただ、イズミルを含めたエーゲ海地方では、元々ギリシャ人が多かったこともあってか、「ルムの家(Rum Evi)」と呼ばれています。

建築については詳しいわけではないですし、特別に勉強をしたこともないですけれど、私の知っている範囲では、こんな感じです。詳しい方いらっしゃいましたら、ご教授お願いします。

エーゲ海地方の、伝統的な家屋は、こちらでも紹介しています。参考までにどうぞ。



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by yokocan21 | 2011-01-07 23:03 | 旅・散歩  

犠牲祭@イズミル パート2

犠牲祭の間は、11月とは思えないほどのぽかぽか陽気続きで、まとまった雨が降ったのは1日だけで、小雨が1回あったでしょうか。あとは、太陽さんさん、暑いくらいの日々でした。
日中は半袖でもいけるくらいでしたので、お散歩するのには、もってこい。

バイラム(イスラム教のお祭り)ということで、基本、親戚や知人のお宅訪問というのが習わしなんですけれど、ちょょっと時間を作って、ぶらぶら散歩やショッピングにも出かけてきました。(これを、脱出~ともいう)

今回は、私たちの大好きなお散歩&ショッピングエリアをご紹介です。

ダンナが子供の時から愛してやまない、イズミルの繁華街・アルサンジャク(Alsancak)
今でこそ、あちこちにショッピングモールも出来、地元の繁華街でも色んなものが揃うようになってきましたけれど、その昔は、ちょっとシャレたものを買おうと思うと、ここアルサンジャクに来ないと手に入らなかったのだとか。
この界隈は、昔から、おサレなブティックや可愛い雑貨屋さん、素敵系カフェやレストランがひしめいているエリアなんです。もっと北の港の方へ行けば、バーやクラブもいっぱい。

うちはイズミルへ行くと、アルサンジャクなしでは語れない......という我が家。
さっそく、行ってきました~。

バイラム(イスラム教のお祭り)中ということで、まぁ、人・人・人で溢れかえっておりました。
一昔前のバイラムといえば、町中のお店はシャッターを下し、繁華街といえどもシーンと静まり返っていたように思うんですけれど、最近は、バイラム一日目から開けるお店も多くなってきて、なんだか様相が違ってきました。
(日本のお正月もそうですよね)

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これは、コルドン(Kordon)と呼ばれる海岸沿いの通り。(ここは海岸に一番近い通りなので、「1.nci Kordon」)
私の中でのイズミルといえば、この「パームツリー並木♪」。南国モード全開です! ここへ来ると、「あぁ、イズミルへやって来たなぁぁぁ」、と思うのです。
コルドンには、昼間っからビール片手におしゃべりを楽しむイズミルっ子たちでいっぱい。
この通りには、気軽なパブが軒を連ねていて、皆さん、お外のテーブルに座ってまったりと寛いでいます。ダンナの行きつけのパブも何か所かあって、この辺りへ来たときは、いつも「ビール&フライドポテト」で、イズミル湾に沈む夕日を眺めるのが、お決まり!

ただ、昔は道路のすぐ横が海だったのですけれど、5~6年前でしょうか、海岸を埋め立てて公園に整備され、海が随分と遠くになってしまったのが残念。

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そして、アルサンジャク名物といえば、この馬車。海岸通りを主に、観光客を乗せて走っています。
写真は、広場で待機する馬車たち。

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ボケボケですけれど、アルサンジャクのド真ん中を馬車がゆく。


食べることも忘れてはおりません。
で、「イズミルでピザ」といえばココ。“Ristorante Pizzeria Venedik”。
ピザ好きならば、誰でもがお勧めするという、老舗レストランです。創始者がイタリア人だということで、出されるピザは、トルコ離れした(!?)美味しさ。
最近は、パリパリ薄い生地のイタリア風ピザを出すお店も随分と増えてきましたけれど、その昔は、そういうものはなかなかお目にかかれず。イズミルでは唯一、このお店が本場風だったのです。
ここイスタンブルもイタリア風ピザのお店はたくさんあるんですけれど、何故か私とダンナの中での「トルコでピザ」といえば、ここなのです。
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二人で分け分けして食べたものは、『シーフードのマリナーラ』と、『アーティチョークとキノコ』。
うーん、美味でした!
特に、キノコの方は、マッシュルームのほかにマイタケのようなのも入っていて、美味しかった!

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デザートは、『パンナ・コッタ』と『アップルシュトゥルーデル』。
あのぉ、パンナ・コッタのベリーソース、ちょっとかけすぎ~。パンナ・コッタ自体はコクがあって美味しかったです。
アップルシュトゥルーデルは、甘すぎず(これ重要!)、リンゴもさっぱりで美味しかったです。
 アップルシュトゥルーデルって、オーストリアのお菓子ですよね。でも、イタリアンのお店でよく見かけるのはどうしてなのでしょう。

おほほ。とっても清々しいお天気のもと、お外のテーブルで赤ワインと共に食べるピザ。極楽~♪


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こちらは、別の日に、ダンナの旧友と待ち合わせたパブで食べた
鶏肉のシュニッツェル』。
もちろんビール付きで!

(トルコでシュニッツェルといえば、鶏肉が殆どです)

マッシュルーム乗せがお勧めということでしたので、そうしてもらいました。
かなり大型で、食べきるのがちょっと大変でしたよ。私としたことがぁ。

あぁ、ビールには揚げ物が合うよな~。



****************

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で。こちらは、コルドン(海岸通り)より眺めた、イズミルの夕焼け。
季節によっては、ちょうどイズミル湾へ沈む夕日が眺められるんですけれど、この季節の太陽は、山の麓へとさよならしていきました。


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by yokocan21 | 2010-12-02 18:09 | 旅・散歩  

犠牲祭@イズミル パート1

またまたご無沙汰してしまいました。
犠牲祭(クルバン・バイラム=Kurban Bayramı)の9連休、イズミル(İzmir)から無事戻ってきて、早10日。
そろそろ、ちゃんとブログ更新しないと。

行きは予想外にスムーズにイズミルに到着。なぁんだ、楽勝~、なんて思っていたら、帰りはアレレ~な展開でした。連休最終日は、だだ混み間違いなしなので、一日早く出発したものの、途中の町中で信号待ち渋滞が何か所かあったり、トドメはヤロヴァ辺りからの大渋滞。フェリーに乗るまで3時間かかりました。
イズミルの実家を出発して我が家に着くのに、なぁーんと、11時間!
今までの最高記録達成です。私なんて、ただ座っているだけなのに、それだけなのに、疲れました。ふぅ。

そんなこんなで、イズミル(İzmir)です。

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イズミル方面へ行くときには、ほぼいつも寄るキョフテ屋さん。アクヒサル(Akhisar)の有名店“キョフテジ・ラーミス(Köftesi Ramiz)”。 (昨年の、こちらの記事でも登場しています)
このお店でお昼を食べることを前提に、出発時間を決める、、、といってもいいほど。(笑)
キョフテが、もっちもっちとして弾力のあるのが特徴で、お肉がとってもジューシー。そして、下に敷いてあるバター付きのパンがまた、美味しい! いつ行っても、お昼時には満席なのも納得です。

このお店のサラダバーが、またお見事で。
新鮮な野菜や茹でた豆類、そしてトルコ人大好きな「トゥルシュ(Turşu)=トルコ版ピクルス」のバラエティーがとっても豊か。
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まぁ、あれこれ盛り付けて、てんこ盛り。
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ただ、このお店、最近はイスタンブルの繁華街やショッピングモールにどんどん出店していて、少々やりすぎ感が。本店と同じあの美味しさが、遠く離れたイスタンブルの数々のお店で味わえるというのなら、すすんで行きたいところなんですけれど、残念ながら、やっぱり質落ちは否めないなぁ、という感じです。
「アクヒサルに行かなきゃ食べられない」という希少価値があってこそ、とは思うんですけれどねぇ。


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こちらは、アクヒサル近辺に大量出没する、“メロン直売店”。
アクヒサル近くの“クルクアーチ(Kırkağaç)”という町は、この黄色いラグビーボール型したメロンの大産地なのです。というよりも、このラグビーボール型メロンの名前が、そのまんま“クルクアーチ(Kırkağaç)”。
そんなで、国道沿いには、このような直売店がずらーっっっと並んでいるんです。走れど走れどメロンの黄色だらけ。
昨年夏にこの道を通った時には、その内の一軒からメロンを数個買ったんですけれど、当たりハズレがありました。お店で試食させてもらったものは、とても甘くって美味しかったのに。
それに、メロンって夏のフルーツなので、11月になっても売られているものなんて、ちょっと信用できないし。
なので、今回は買わず。ちなみに、1個が1TLでした。(約55円!) 破格の価格。


******************************

犠牲祭ということで、私たちも、イズミルの義母はもちろん、伯母さんやその他親戚の方々を訪問してきました。
こちらは、伯母さんちでいただいたお料理。
  
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手作りのマントゥ(Mantı)
トルコ家庭料理の代表格です。と同時に、シルクロード料理の代表格ともいえるもの。
薄い小麦粉の生地に挽肉を包んだものを茹で、上からおろしニンニク入りヨーグルトや唐辛子ソースをかけて食べます。

マントゥといえば、カイセリ(Kayseri)という街が有名なんですけれど、うちの義母の母はチョルム(Çorum)出身ということで、母方のマントゥといえば、“チョルム・バージョン”なのです。
“チョルム・バージョン”というのは、マントゥを茹でる前にオーブンで色づくまで焼くところが特徴です。
普通のマントゥは、生地がぷよぷよしていて、私は好きではないんですけれど、このチョルム・バージョンは生地の表面がカリッとしているため、茹でてもぷよぷよにならなくて、結構好きなのです~。
あ、ただし、私は小麦生地で作ったものにヨーグルトをかける食べ方が、大の苦手...........。トルコ人的には、小麦生地+ヨーグルトというのは「黄金コンビ」なんですけれどねぇ。


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こちらもトルコ家庭料理の定番中の定番。ブドウの葉っぱのサルマ(Yaprak Sarması)
もちろん、イズミルですから、オリーブ油たっぷりで作ったものです。

※実は、犠牲祭といえば、コレ!な、『カヴルマ(Kavurma)』も勿論あったんですけれど、私は好きでも何でもないお料理ですので、写真はなし。カヴルマとは、犠牲祭で屠った羊肉を小さく切って、ひたすた炒めただけのシンプルなもの。トルコ人達は、新鮮な、しかも神聖なお肉で作ったカヴルマが大好き。ピラウ(トルコのピラフ)と一緒に出されます。また、このカヴルマは大量に作るので、冷凍保存もします。

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伯母さんちは、イズミルの街をドドーンと見渡せるおうち。
その日は、あいにく天気が悪かったんですけれど、夕方には雨も上がって、このような景色に。快晴ならば、対岸のカルシュヤカ(Karşıyaka)がくっきり綺麗に眺められるんですけれどね。


     ところで、親戚めぐりで慌ただしい中、イズミル恒例・温泉にも、しっかりと行ってきました♪ こちらでも、ちょこっと紹介しています「アガメムノンの温泉(Balçova Thermal Hotel)」です。写真ないですけれど、ゆーったりできましたよ~。


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by yokocan21 | 2010-11-30 03:50 | 旅・散歩  

ディディムとディディマ遺跡

先日、昨夏の旅行で訪ねたシリンジェ村の紹介をしたついでに、今回も旅のお話。
南エーゲ海の小さな町、ディディム(Didim)には、義母のサマーハウスがあるので、私たちも遊びに行っています。
トルコ人は海が大好き。夏の間、町の中の喧騒を逃れて、海の近くのサマーハウス(別荘)で過ごす、という人が多いです。普段イズミールに住んでいる義母も、夏の間(というよりは1年の約半分)をディディムで過ごしています。

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そこには、アルトゥンクム(Altınkum=黄金の砂)という遠浅の美しいビーチがあります。爽やかな潮風に吹かれながらまったりと過ごす午後のひととき.....。
この町の近くの他のビーチは、海水が冷たかったり、海草が浮いていたりと、雰囲気はいいのだけれど海水浴には向かないかなぁ、という所が多いんですけれど、このアルトゥンクム・ビーチは、どこまでも遠浅で海水も温かくって、しかも波が殆どない、といいことづくめ!私たちのような小さな子供のいる家庭には、もってこいの環境なんです。

ビーチに沿って、カフェやレストラン、バー、雑貨屋さんなどがズラーッと並んでいて、特に日が暮れた後には、すっごく賑わいをみせます。私たちも、夕食後、アイスクリームを食べながらブラブラ。
たまに子供を義母に預けて、ダンナとバーで一杯、なんてことも。うふふっ。

ここディディムは、近年イギリス人観光客や長期滞在者が多くて、お店にはポンド表示のメニューが並んでいることが多いんです。イギリス人用に建てられたアパートも多くて、義母の家の道を挟んで隣はイギリス人用のアパートです。
なので、お店のメニューにフィッシュ&チップスがあったり、スーパーには豚肉やハムが売られていたりと、小さな町の割には国際色豊か。

そして、このディディムの町のもうひとつの顔は、遺跡
町の入り口にそびえるアポロン神殿が目を惹く、ディディマ(Didyma)遺跡です。

と、ここでいつものように遺跡の説明。
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古代からこの地にはアナトリアの神を祭る神託所があったそうで、ここにイオニア人が入ってくると、その神託所はアポロン信仰のものに取って替えられました。
紀元前8世紀には、アルカイック式のアポロン神殿の建設が開始され、200年後に完成します。
しかし、紀元前494年にイオニアの反乱が起こると、この神殿はペルシャ軍によって破壊されてしまいます。
その後、紀元前334年、アレキサンダー大王によってこの地はペルシャから取り戻され、それに続くセレウコス朝には、新たにアポロン神殿の再建設にも着手されます。現在残っている神殿は、この時代のものです。

(←アポロン神殿の正面)


このアポロン神殿、当時は、24km離れたミレトス(Miletos)というイオニア地域最大の都市と、〝聖なる道〟で繋がっていました。この聖なる道の両側には、アポロンを始めギリシャの神の彫像が並んでいたそうなんですけれど、19世紀の発掘調査の時に、イギリスへと持ち帰られてしまいました。
大理石の石畳が敷かれた聖なる道は、今も一部が残っています。

ローマ時代には、ギリシャのデルフィに次ぐ神託所として大いに栄えますが、キリスト教が布教されるにつれ、だんだんと役目も小さくなり、4世紀、キリスト教が国教とされると、遂には神殿の役目も終わってしまいました。
そして、15世紀に起こった大規模な地震で、この神殿の殆どは崩れ落ちてしまい、現在の姿となりました。

ちなみに、〝ディディマ〟とはギリシャ語で〝双子〟の意味があるそうです。← 双子のアポロンとアルテミスにちなんでという説があり。

こちらは、神殿の袂に残る、円柱の土台。凝ったレリーフが美しい~。
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神殿の中心部・聖域へは、左右にある二つのトンネンルをくぐって入っていきます。
神殿は、正面の階段を上ったところ。 (写真は、聖域である中庭)
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f0058691_20424100.jpgこの聖域より眺めた神殿の円柱。


聖域の中で見つけた、グリフィン
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地震の凄まじさを現す、崩れた円柱。
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f0058691_2055746.jpg何の植物なのか、葉っぱなのか.....。
神殿の一部を飾っていたレリーフ。


遺跡の入り口近くに置かれていた、メドゥーサの首。
f0058691_2064841.jpg
アポロン神殿では、このメドゥーサは聖なる泉を守っていたようです。
神託を下す巫女が身を清めたり、また参拝者が身を清めたりした泉です。その泉は、今も形をとどめて残っていました。

当時の面影を偲ぶには、かなりな想像力が必要とされそうなほど朽ち掛けた遺跡なんですけれど、壮大な神殿の円柱などを眺めていると、やっぱりものすごく素晴らしい文化を誇った場所であることには違いないです。


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by yokocan21 | 2008-03-03 20:19 | 旅・散歩  

シリンジェ村

久しぶりに旅のお話でも。
といっても、ここ最近は寒すぎてウロウロと旅どころではありませんので、昨年の夏に訪ねた所を紹介してみたいと思います。

昨年の夏は、ダンナの実家のあるエーゲ海岸の街・イズミールや、南エーゲ海のリゾート町・ボドルムと合わせて、エーゲ海地方の楽しい町や遺跡なども巡ってきました。
そんな中でも、ひときわ異色な存在、シリンジェ村(Şirince)を今回は紹介します。

トルコ観光のハイライト的存在でもある(ツアーでは必ず立ち寄ります)エフェス遺跡(Efes)の近く、セルチュクという小さな町から、山あいを目指して約8km。
途中、オリーブ林や桃の畑などを眺めながら、くねくね山道をゆき、もうそろそろかなぁと思った頃、山の斜面に白壁にテラコッタ色をした屋根の家々が見えてきます。そこがシリンジェ村です。
トルコ語で、〝可愛い〟を意味する「シリン」な村。その名の通りの可愛らしい雰囲気のする、温かい村です。

丘の上から見た、シリンジェ村。
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昔の名前をクルクジャ(Kırkıca)というこの村の歴史は、5世紀頃にまで遡るそうです。
当時からオスマン朝時代に至るまで、人口のほとんどがギリシャ人でした。
ところが、トルコ共和国誕生後まもなくの1924年、住民の強制移住のために、この村のギリシャ人住民はギリシャへ、代わりにギリシャ在住のトルコ人がこの村へ移住してきました。

f0058691_656576.jpgこの村の典型的な様式の家。

白壁に濃い茶色の格子戸がはまった独特の様式の、このような家は「ギリシャ式の家」と呼ばれています。

2階部分が1階部分よりも突き出ている建築は、オスマン朝時代のものでもよくある様式です。
2階の突き出ている部分のことを、ジュンバ(cumba)ということから、ジュンバル・エヴ(cumbalı ev)という言い方をします。

朽ち掛けた家もあちこちに見られるんですけれど、最近は、この村に魅せられた人たちが買い取り改装して住居にしたり、また、ペンションやレストランとして甦らせたり、ということも行われているようです。


f0058691_6564178.jpgギリシャ式の家々が建ち並ぶ細い路地。

最近は、雑誌で紹介されたりと、トルコでは人気のスポットとなっていまして、2年前に訪れた時よりも、観光客は断然増えていました。
村のメインストリートである狭い石畳の道沿いには、以前よりもカフェやレストラン、土産物屋などがすごぉく増えていて、観光地そのものの様相でした。

それでも、道ですれ違ったおじいさんやおばあさん達は、「ようこそいらっしゃーい!」などと快く挨拶してくれて、有名になっても、温かい人情は変わらず、のようです。


f0058691_65719100.jpg「アルバニアの石畳(Arnavut kaldırımı )」と呼ばれている、石畳が風情を醸し出しています。

民家の脇には、オレンジの木が植わっていたり、庭には色んなハーブが生えていたり、ロバや羊に遭遇したりと、の~んびりのどかな村。

道路脇では、以前は、花柄の手刺繍が入ったテーブルクロスやベッドカバーなどがよく売られていたようなんですけれど、最近は、機械刺繍のものが幅を利かせています。うーむ、残念。



村で採れるハーブを売るお店。
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セージやタイム、ラベンダーが並べられていますね。
あと、村の特産品のオリーブ油石鹸を売っているお店もよく見かけます。

そして、この村は、桃の産地としても有名だそうで、ここの市場で買って食べた桃の美味しかったこと!大きくって、甘くって、とってもジューシーで、、あれは今まで食べた中でも1.2の美味しさでしたぁ。
もっと買ってくればよかったねぇ、なんて、後で義母やダンナと嘆いたもんです。

こちらは、数あるワインショップの中の一つ、akberg。 ←ちょっとオサレなHP。
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元々ギリシャ人が住んでいた村ですから、ワイン作りが盛んだったわけで、その後移住してきたトルコ人たちも、そのワイン作りを引き継いだということです。
試行錯誤して、今ある品質にまで高めていったらしいです。

このお店のワイナリーは、オーナーさんがドイツ人で、そのオーナーの管理の元、美味しいワインが作られています。
ここディヤルバクルでも、このメーカーのシリンジェ・ワインを扱うお酒屋さんがあって、我が家もよく利用するんですけれど、ここは流石に本家本元、種類も豊富だし、お値段もお手頃。
お店のお兄さんと色々とお話などしながら、試飲をさせてもらいながら、気に入ったものを選べます。

そして、この村では、フルーツ・ワインも多く作られていて、サクランボやイチゴに桃、ブルーベリーやブラックベリー、ラズベリーなど、色々。
プレゼントとして頂いたシードルも、さっぱりと美味しかったです。

f0058691_701915.jpg私たちが購入したワインたち。

左から、ブルーベリー・ワイン、
emir(エミル)種のブドウから作った白、
Kalecik Karası (カレジック・カラス)種のブドウから作った赤。
ちなみに、赤は軽めのフルーティー、白はさっぱり系。

この写真は、旅から帰って来てすぐに撮ったものです。



そして最後に、村の一番高い丘の上には、小さな教会(St.Jean)も残されているんです。
訪ねた時には、アメリカの団体によって修復作業が始まった、という掲示版が出ていました。
以前に訪れた時には、朽ち果てて可哀想な姿でしたので、嬉しい情報です。

エーゲ海地方の陽気な陽射しの中で、そこだけがホッと落ち着いた佇まいを見せる、居心地の良い、温かみのある村でした♪

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by yokocan21 | 2008-02-23 07:07 | 旅・散歩  

ボドルム・ナイトライフ編

長々とお付き合い頂いておりますボドルム紀行ですけれど、今回が最終回となります。
で、締めくくりはナイトライフでいってみたいと思います。

〝トルコのイビサ(Ibiza)〟とも言われる(← えっ、ちょっと言い過ぎ?)ボドルムですので、ナイトライフもとってもカラフルなのです。
ボドルム城の横から延びる小道や、マリーナ沿いの通りには、ブティックやお土産屋のほかに、レストランやカフェ、バー、クラブなどがズラリと並んでいて、日が暮れる頃には、主にカフェやバーからダンスミュージックやトルコポップがガンガン響きわたってきます。
昼間はビーチでゴロゴロ、日が暮れるとバーやクラブへとお出かけ、というのがこの辺りのリゾートでの過ごし方ですよね。

バーにも色々とあり、ダンスミュージック主体のものから、もっぱらトルコポップのみのもの、ロック系のもの、はてまたラテンオンリーなんてところもあり、その日の気分で、あっちこっちはしご、なんてことも。 (もちろん私のお気に入りは、このラテン・バーでした♪)
一部のお店は奥が海岸沿いになっていますので、砂浜でお酒を飲んだりダンスしたり。
大きなところから、こじんまりとしたところまで、夜12時を過ぎた頃からが盛り上がり出します。もちろん朝まで延々と盛り上がりは続きま~す。

最近は、郊外にも有名人が出演するお店が出来ていたりと、選択肢がどんどん豊富になっています。 ちょうど私たちが滞在中、〝Pump It Up〟のDANZELが、郊外にあるクラブに来ていました~。

そんな数あるバー・クラブの中で、ボドルムといえばここ!という程に、20年以上にも渡ってボドルム・ナイトライフ界のトップに君臨しているのが、『クラブ・ハリカルナス(HALIKARNAS)』。
〝ディスコ〟という言葉が浸透していた時代からずぅーっと、そして現在も毎晩趣向を凝らしたパーティーなどをやっています。今回は、行く予定をしていた日の夕方からどうしてなのぉ、の強風で、残念ながら断念しました...。ので、レポートなしです。ですけれど、私が前回行った時と同じように、派手&華やかさは健在のようです。

で、今回レポートいたしますのは、こんな船(↓)。
f0058691_4394281.jpg

これ、船がそっくり巨大クラブなんですよ。『クラブ・カタマラン(CATAMARAN)
夜1時頃に、ボドルム城横の桟橋を出発、朝5時頃まで、沖合いを航海しながらの船上パーティーです!
夜の海の上をかけ抜けていくそよ風も心地よくって、漆黒の海の中の、そこだけがひときわ輝くおとぎの国のような世界が広がっています。
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       (上2つの写真は、clubcatamaran.comより拝借

ダンスフロアはガラス張り、時々登場するダンサーの女の子達が皆かっこいい!
海外からのDJも参加しており、さすがボドルム♪な雰囲気。
私たちが行った日は、R&B NIGHT で、ブラック系も好きな私はとっても楽しかった~!
ひぃー、その年で朝方まで踊るなー!というツッコミはやめてぇ...。

お客の半分はトルコ人、半分は外国人っという割合で、インターナショナルなボドルムらしさ爆発していました~。あ、でも日本人は見かけなかった...。
そうなんですよね、ボドルムって日本人にはあまり馴染みがないようで、このクラブのオーナーM氏も、もっと日本人にも来て欲しい~とおっしゃってました。

これは、ボドルム城から見た、桟橋に停泊している昼間のカタマラン。
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 ~ :*: ~ :*: ~ :*: ~ :*: ~ :*: ~ :*: ~ :*: ~ :*: ~

そして、こちらは、ちょっとセレブな匂いプンプンなお店。
マリーナの横にある、その名も、『マリーナ・ヨット・クラブ(Marina Yacht Club)』。

エントランスにはいきなりでっかいマセラティ・クアトロポルテがデーン、と展示、高級感を醸し出しています。
ライブ・ミュージックを聴きながら、そして美しいマリーナを眺めながらお食事したり、お酒を飲めたりするレストラン・バーです。
ダンナいわく、トルコの有名ジャズミュージシャンが出演しているそうです。夜早い時間はジャズの演奏、遅い時間はラテン&ジャズでした。

メニューは相当にセレブちっくな価格設定で、フュージョン系モダントルコ料理といったところでしょうか。
この系統にはあまり興味がありませんので、夕食は別のところで済ませ、夜11時頃にこちらに出かけて行きました。
ちょうど週末は、ブラック系女性シンガーが出演されていて、曲は相当にラテンなものばかり!
ひぃやぁ、まさに私好み~。週末ということもあって、むっちゃ混んでいたのですけれど、狭いフロアーで踊ってきましたぁ。(このお店、たまたまだったのかはわからないですけれど、外国人以外はかなり年配の方が多かったのと、外国人以外はダンスする人が少なかった...)

いやぁ、まだまだ紹介したいお店がいっぱいありすぎて困ります。でもこのへんでおしまい。
とにかくボドルムは、ビーチは楽しいし、シーフードは美味しいし、ナイトライフもキラキラ、という〝ないものはない〟リゾートです。
将来、こぉんな素敵なところで住めたらいいなぁ、とトルコ人も私も、みーんなの憧れ♪

【追記】 その他のボドルム紀行
ボドルム・紹介編
ボドルム・ヨットツアー編
ボドルム・城編
ボドルム・シーフード編

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by yokocan21 | 2007-09-05 05:01 | 旅・散歩  

ボドルム・シーフード編

旅の楽しみは、なんといっても「食べる!」ですよね。
ボドルムは、国際色豊かなリゾート地ということもあって、トルコ料理は勿論、中華やイタリアン、メキシカンなど、まぁ一応、飽きない程度にレストランは揃っています。でも、中華料理屋さんがメキシカンも兼ねていたり、見ただけで「なんちゃって~」な雰囲気な中華料理屋さんなど、当たりハズレが大きいのが難点なのです。

(※ ボドルムは北ヨーロッパ、特にイギリスからの観光客が圧倒的に多いので、町の中心地のレストランやカフェなどは、ポンド表示してあるところが殆ど。イギリス式の朝食が食べられるカフェもあります)

そこで、やっぱり引き込まれてしまうのはシーフード
海辺の町ならではの、新鮮なお魚やシーフードが店先のショーケースにずらーっと並んでいます。ただ、観光地にありがちな、町の中心部にあるお店はお値段が高くお魚の新鮮さも「?」だったりなんですよね...。

で、私たちは、ちょっと郊外にあるけれど評判のいいお店にお世話になることになります。

今回紹介するアルシペル(ARŞİPEL)というお店は、ボドルム周辺でとっても人気のお店で、各界の有名人なんかも来られるらしいんです。

ボドルムの中心地からだと車で10~15分程でしょうか、比較的近場にあるビテス(Bitez)という入り江にあります。
砂浜のビーチが広がり、ビーチの後ろには覆い茂る木々の中に白壁の瀟洒な別荘たち。清々しく、ゆ~ったり、そして優雅な気分に浸れる空間が広がっています。

その別荘地帯をひたすら走り抜けると、今回のレストランに到着です。
テラスからは、こぉんな感じに入り江を見下ろせます。突き出した桟橋もこのレストランのもの。
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まずはやっぱり、前菜から。
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上段左より、
・イカのドルマ(詰め物)オリーブ油仕立て。
・生スズキのオリーブ油マリネ。 → トルコレストランで生の魚を出すとは、びっくり。
・サンドライ・トマトのオリーブ油漬け。
・タコのオリーブ油炒め(ピリ辛)。
下段左より、
・焼きナスのヨーグルトがけ。
・赤ピーマンのグリル・ケッパー添え。

全てのお料理に、贅沢に〝これでもかぁ~〟というほどオリーブ油が使われていて、この地方で採れた勿論エキストラヴァージンで、このレストランが特別に仕入れているだけあって、さすがに風味もお味も最高に良かったです!

中でも、私がおかわりしてしまいそいうな勢いだったのが、この『イカのドルマ(詰め物)オリーブ油仕立て』。
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材料はとってもシンプルなのに、あの美味しさといったら~!柔らかいイカの甘味が忘れられなーい。
ちなみに、中身はお米、松の実、イカの身(ゲソかな)、ディルが入っていました。

またまたイカ。シンプルにグリルです。これも、たまらなく美味しかったです!素材で勝負。
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この他にも、魚のキョフテ(ミートボール状)や、チロスという干した小魚のオリーブ油漬けもありました。
あまりの美味しさに、ついついパンもすすむ、すすむ。この時点でもう既におなかはかなりいっぱい状態でした~。なのに、これからさらにメインが待っているという、何とも贅沢な苦しさ。

メインは、オーナーお薦めの『ラゴス(lagos)のグリル』。(写真、写りが悪くってすみません
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優に手のひらサイズはありました。後ろにあるのは、ルッコラ。
ラゴスというのは、地中海地方で捕れる大型魚。滅多にお目にかかるものではないし、噂には聞いていたけれども食べたことがなかったし、お勧めに従ったんですけれど、これが大正解!
甘味のあるもっちりとしたお肉で、さすがに噂になる価値はあります。
でも、悲しいかな私、少し残してしまったのです...。ほんとにおなかがはち切れそうで...(私としたことが!)(泣)

【追記】 ラゴス(lagos)とは、日本の「クエ」だと思います。

ひぃ~、食べた~~~!

こんな状態でしたので、デザートはパスしてフルーツを持ってきてもらいました。そして、ダンナはトルココーヒー、私はチャイ(トルコの紅茶)でまったり。

日が暮れる前の、ちょっと早めの時間に着いたのですけれど、食べ終わった頃は辺りはもう真っ暗、夜の帳に包まれておりました。
すっかり満足して、もと来た道を帰って行ったのです。
(ちなみに、ぎょ、ぎょーーーっていう料金を取られました。ま、あんなに食べれば当然っか。)

このレストラン、ボドルムの他にもイスタンブールのボスポラス海峡沿い・クルチェシュメの沖合いに浮かぶス・アダ(Su Ada)(←※)という島にもお店があるそうです。
一応、お店の案内、書いておきます。

ARŞİPEL (アルシペル)
Aktur Sitesi A Mahallesi Bitez BODRUM
Tel 0252-343-1016

最後に、ビテス(Bitez)の昼間はこんな感じ。写真は、bodrumlife.com より拝借。
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※ ス・アダ(Su Ada)・・・元ガラタサライ・アダス(Galatasaray Adası)。

【追記】 その他のボドルム紀行
ボドルム・紹介編
ボドルム・ヨットツアー編
ボドルム・城編
ボドルム・ナイトライフ編

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by yokocan21 | 2007-08-31 05:15 | 旅・散歩  

ボドルム・城編

私たちがボドルムに滞在していた7月上旬は、エーゲ海地方は連日40℃の猛暑だったのですけれど、そこをエイヤッと思い切って昼間の町へと出掛けて行きました。
行き先は、港の先にあるボドルム城
重厚な城&要塞好きの私としては、何度訪れても飽きない場所です。

前々前回の記事でちょこっと触れていますけれど、ボドルム城(別名・聖ペテロ城)は、1437年、ロドス島の聖ヨハネ騎士団が強固な城塞・要塞として建築したものです。
19世紀後半(オスマン帝国末期)には、刑務所として使われていたこともあるそうです。
また、非常時に備え14もの貯水池が作られていたそうです。
今回は、その内部をちょこちょこっと紹介いたします。
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このお城全体が博物館になっており、一部は「水中博物館」として、ボドルム近海から引き揚げられた古代の沈没船からの出土品を展示してあります。「水中博物館」というのは、トルコではここだけのものです。

f0058691_625933.jpg大手門の上部に彫刻された紋章。十字軍のものでしょうか。


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アンフォラ(amphora)と呼ばれるギリシャ・ローマ時代の、両側取っ手付きの壷。(↑)
BC4~6世紀のものが多かったです。作られた場所や時代によって、形が様々。
また、中に入れる物によっても形って、変わるものなんでしょうか...。

f0058691_641126.jpgこの城には、フランス塔・イタリア塔・イングランド塔・ドイツ塔・通称へび塔と呼ばれるスペイン塔があります。
この写真はたぶんフランス塔


f0058691_645473.jpgこちらはイングランド塔の外壁の彫刻。

イングランド塔は、このライオンの彫刻のため、「ライオン塔」とも呼ばれています。
ライオンは、古代ギリシャ・アルカイック時代(BC750~480年)のもの。
ライオンの上には、イングランド国王・ヘンリー4世の紋章があります。


f0058691_653717.jpgこちらは、イングランド塔内部。

当時の様子を再現してあります。
面白かったのは、聖ヨハネ騎士団を撃退したオスマン帝国の軍人の武装服を展示してあったことです。

聖ヨハネ騎士団は、本拠地のロドス島を1522年、オスマン帝国の時の大帝・スレイマンに征服されると、この城も手放しました。

(ちなみに、ロドス島での攻防は、塩野七生さんの『ロードス島攻防記』が詳しく、しかもとっても興味深く読み応え十分ですよ)


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城から眺めた、ボドルムのマリーナと、その奥・丘の中腹にある古代劇場。(↑)
古代劇場では、最近は有名歌手のコンサートも開催されています。

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港の外に停泊していた超大型ヨット(マストが4本!)。しかも2艘も。(↑)
エーゲ海クルーズで寄港したヨットですけれど、この日の夜には2艘とも綺麗にライトアップして、しかも港からよく見えるようにと、グルリと方向転換までしていました。ニクイ演出!

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こちらは、引き揚げられた東ローマ帝国の船の復元。(↑)
アンフォラって、このように積み重ねてあったんですね。
この船を展示してある建物は当時のチャペルで、オスマン帝国時代はモスクとして使われていたもの。

この他にも、博物館の目玉的存在の「カリア・プリンセスの石棺」というものがあるんですけれど、展示室は現在改修中だとかで、閉鎖されていました。残念。
カリア・プリンセスというのは、前々回の記事でも触れていますカリア国の王・マウソロスの妹であるアダ女王のこと。豪華な装飾品とともに埋葬されていた様子がわかります。

また、沈没船から引き揚げられた、BC14世紀からAD11世紀までの様々なガラス製品を展示してある部屋もあります。
薄暗い部屋に、繊細に輝くガラスの小瓶などがとっても幻想的です。

そして、こちらも閉鎖中だったのがとっても残念だったのですけれど、なぁんと「拷問部屋」もあるんです。聖ヨハネ騎士団が実際に使っていた拷問部屋です。

で、最後に私のお気に入りたち。
城の中庭には大小色々な彫刻や石棺が展示してあるんですけれど、その中から。
劇用のマスク? と、ひょうきんな顔した魚。
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炎天下でのボドルム城散策でしたけれど、中庭には木々も茂っていて、一部の展示室はエアコンも効いていますし、カフェも所々にありますし、青く輝くエーゲ海を眺めながら、中世の騎士団に思いを馳せながらの楽しいひと時でした!
なお、このボドルム博物館のHPはこちらです。

【追記】 その他のボドルム紀行
ボドルム・紹介編
ボドルム・ヨットツアー編
ボドルム・シーフード編
ボドルム・ナイトライフ編


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by yokocan21 | 2007-08-28 06:13 | 旅・散歩