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すみませーーーん。


ここのところ、更新が滞っております。
いつも見に来て下さってる皆さま、申しわけないです。
おぉっと、ブログ再開か、と思いきや、ごめんなさい、ちょっとの間お暇を頂きたいです。野暮用が色々と重なってまして.....。
またすぐに戻って来ますので、その時は引き続きよろしくお願いします♪

ではでは。yokocan21

※ブログ再開までの間、この記事へのコメントは承認制にさせて頂きます。

厚かましいなぁとは思いながら、↓
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by yokocan21 | 2009-05-26 15:03  

懐かしや、ディヤルバクルの味

前回書きました、ファーティフ(Fatih)という地区。
モスクの見学のためだけに訪ねた、っというわけではないんですねぇ。他にもちゃんと目的があったのですよね。その目的とは・・・・・。(お題に書いてますよね)
そう、〝懐かしいディヤルバクル料理を味わいに~♪〟。

いつだったか、TVのグルメ食べ歩き番組で紹介されていた、とあるレストラン。一緒に見ていたダンナと「むむむっ!」と、思わずメモを取りました。それから数ヶ月、今回晴れてそのお店に行くことができました~。
旧市街には、地方から出てきた人達がその地方ごとのコミュニティーを作っている地区がたくさんあるんです。ファーティフのとある一角には、南東部地方出身の方たちが開いたレストランがたくさんあるということは、どこかで聞いたことがありました。ですので、番組でそのレストランが紹介されたのも、ほぉ~納得。

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こぉんな素敵なプラタナス並木の道の左右に、南東部地方独特のケバブ屋さんがズラリと並んでいます。

今回訪ねたお店は、オーナーがディヤルバクル出身で、従業員さんもディヤルバクルやその周辺の町出身という、何とも懐かしさ溢れるお店。そして、皆の話されるディヤルバクル・アクセントのトルコ語がまた、懐かしかった~。しかも、皆さん、濃い雰囲気。いいね・いいねぇ~。
ここは、ディヤルバクルのお料理を中心に、南東部らしい濃いお料理を食べられます。

f0058691_410798.jpgまずは、お店の入り口に吊るされていたこれ。

ビュルヤン(Büryan)〟。
子羊を縦釜で丸焼きにしたものです。

以前食べたビュルヤンが忘れられず、やっとここで再会です!

これ、ディヤルバクルのすぐ近くのシイルト(Şiirt)の郷土料理で、↓このように、ピデ(Pide)の上に乗っけて出されます。

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地中深く掘った釜でじっくりと焼かれているので、余分な脂は落ち、お肉の美味しい部分だけを味わうことが出来ます。
これがねぇ、羊独特の臭みが全くなくって、柔らかくって、とぉっても美味しいんです!

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こちらは、前菜の、〝ピーマンの挽き肉入りドルマ(Biber Dolması)〟と茹でバージョンの〝イチリ・キョフテ(İçli Köfte)〟(※注1)。
ドルマは、ディヤルバクルらしく勿論ピリ辛&酸っぱ味。この辛味と酸っぱ味のコンビネーションが何ともいえず美味しい~。
このイチリ・キョフテ、スタッフィングは挽き肉で作るのが一般的なんですけれど、ここのは細切れ肉でした。
あぁ、もぅ、懐かしいなぁ。ディヤルバクルのレストランを思い出すなぁ。(この時点で既に思いっきり浸っています)

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で、飲み物はといいますと、これもディヤルバクルらしくブクブク泡の立った〝アイラン(Ayran)〟(※注2)。塩味のヨーグルトドリンクです。
勿論、銅製の容器に入って、それに大きく丸いスプーンですくって飲むのが南東部式。

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もう一つのお肉料理はこれ。〝サチ・タヴァ(Saç Tava)〟。
サチ(Saç)という真ん丸い鉄板(浅い中華鍋って感じ?)で、羊肉やトマト、唐辛子などを炒めた南東部のお料理です。
真ん中の窪みに脂がたまっていたので、お肉を端に寄せたら、こんなにショボイ姿に.....。
ここのは、全くピリピリしてなくて、子供も喜んで食べていました。実際、ディヤルバクルで食べていたものは相当に辛くって、ヒィヒィ言いながら食べていましたけれど、うーむイスタンブルだし、辛さは控えめなんでしょうか。
手前に写っているのは、中が空洞になったタイプのパン。このパンにお肉を挟んで食べます。

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で、デザートはこちら。〝スル・タトゥルス(Sur Tatlısı)〟といって、このお店の名前が付けられた、オリジナルなお菓子なんだそうです。
外側の黄色いのは、イルミック(İrmık)というセモリナ粉を、バターと砂糖で炒めて作ったイルミックヘルヴァス(İrmik helvası)というお菓子。そのお菓子でバニラアイスを包んであります。黄色いのは、サフランでしょう。
周りのテーブルを見ても、殆ど皆さんが食べてらっしゃったという訳がわかりました。すっごーく美味しかったです!
イルミックヘルヴァスのコッテリ・モッチリ感と、伸び~るアイスの絶妙なコンビ。結構お腹がいっぱいだったのに、ガンガン食べちゃいましたよ。

初夏を思わせるキラキラ陽光の下、懐かしいディヤルバクルのお料理に舌鼓♪
何とも幸せな昼下がりでした!
このレストラン、ケバブも色々と揃っているようですので、次回はケバブの盛り合わせを食べてみたいなぁ。

ちなみにお店は、ファーティフの南端・ヴァレンス水道橋(ボズドーアン・ケメリ)の近くにあり、観光客も行きやすい立地ですので、住所など載せておきますね。

SUR OCAKBAŞI (スル・オジャクバシュ)
İtfaiye Cad. No:27/1 Fatih İstanbul
0212-533-8088


※注1 イチリ・キョフテ・・・スパイシーな挽き肉と砕いたクルミをブルグル(ひき割り小麦)で包んで茹でたもの。
※注2 アイラン・・・南東部地方では、このような銅製の容器に入って出てきます。参考に、ガズィアンテップのものと、ディヤルバクルのもの を。


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by yokocan21 | 2009-05-17 04:19 | トルコ料理  

母の日と修復中のモスク

嬉しがりは、こういう写真を載せてみたくなるんです。
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これ、先日の『母の日』のプレゼント。From ダンナ。
いつも母の日は、子供がカードや絵をプレゼントしてくれる程度で何も無しなんですけれど、今年は何を思ったか、こぉんなに素敵な花束アレンジメントが~~~!嬉しっ♪

「何となくお花をプレゼントしたい気持ちになったから.....」とダンナは言ってますけれど、根性悪い私は、「ふふーーん、バレンタインの償いね、ぐっふふ」と裏読み。今年のバレンタインは、いつものように花束のプレゼントではなく、ケバブ屋さんでお食事だったんですよね。
ケバブは私の希望でもあったんですけれど、ダンナ的にはやっぱりお花を贈らないと気が済まなかったのか。可愛く素直に喜んでいればいいものを、アマノジャクな性格がどうも災いします。(笑)いや、素直に嬉しいんですよ、本当は、ふふっ。

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で、こちらは、子供からのプレゼント。学校の図工の時間に作ったという、カードとネックレス。
カードには、私の好きな「恐竜」のシールが貼られています。(カードの左上にあり。右側にそのUP)
実は、スペル間違いもあるんですねぇ。急いでいてついつい.....なんて言い訳してましたけれど。ネックレスは、先週学校で行われた「縁日(Kermes)」で買ってきてくれたのだそうです。
ちゃんとラッピングもされていて、嬉しいですね~♪

今年は、嬉しいサプライズで、ちょっとウルウルな母の日でした!

*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:……:*:…:*:…:*:…:*:…:*:……:*:…:*:…:*:…:*

で、ここからが本題です。

その母の日の前日、久しぶりに旧市街の方へ行って来ました。
ファーティフ(Fatih)という、昔ながらの風情を残す古い地区です。
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まずは、この立派な水道橋。
日本では『ヴァレンス水道橋』と呼ばれているんですけれど、トルコでは『ボズドーアン・ケメリ(Bozdoğan Kemeri)』。訳して「灰色の鷹のアーチ」。
旧市街の大通りをまたぐように架かっています。

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この水道橋は、イスタンブルがローマ帝国の領土であった時代(当時の街の名はコンスタンティノポリス)の378年に、ウァレンス帝が完成させたものです。
その後もビザンティン帝国・オスマン帝国の時代も、修復をしながら引き続き使用されました。
ローマ帝国・ビザンティン帝国時代には、郊外の森から水を引いてきていたようですけれど、オスマン帝国時代になると、もっと郊外の森から水の供給がされていたようです。


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こちらは、スルタン・メフメット2世のモスク。『ファーティフ・ジャーミィ(Fatih Camii) 』。
現在、イスタンブルの歴史あるモスクの多くは修復作業がなされていまして、こちらも例に漏れず。もしかして...と思って訪ねてみたら、やっぱりそうでした。
建物をグルリと幕で覆われていますので、概要は全くつかめませんよね。参考にこちらをご覧下さい。
また、内部も修復の足場が所狭しと建てられていましたので、撮影は無理でした。ここは修復が終わり次第、また訪ねてみないと。

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スルタン・メフメット2世(Sultan Ⅱ. Mehmed)
このイスタンブルの歴史を語るにははずせない人物です。即位2年後にして、時のビザンティン帝国の華やかし都・コンスタンティノープルを陥落させた、栄えあるスルタンです。
1453年5月29日、この悠久の都は1000年以上も続いた主とお別れ、新しい主を迎えることとなったのです。
当時、スルタンは若干21歳。インテリジェンス溢れる創造力と統率力、それに寛容性をも持ち得た君主だったようです。また、メフメト2世は別名、『征服者スルタン・メフメト(Fatih Sultan Mehmed)』とも呼ばれていて、トルコではこちらの呼び名の方が一般的です。
このコンスタンティノープル陥落の件、そしてスルタン・メフメット2世の人柄などは、塩野七生さんの著書『コンスタンティノープルの陥落』で詳しく描かれています。

なお、画像は二つ共、wikipediaより拝借しました。

ファーティフ・ジャーミィは、ビザンティン帝国時代に教会があった場所に、征服者(ファーティフ・Fatih)メフメト2世が1463~1470年にかけて建立したモスクです。
ところが、1766年の大地震で大きな被害を受け、1771年にムスタファ3世によって再建されました。ですので、現在の建物は建設当時のものではなく、オリジナルに忠実に再現された建物ということです。

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モスクの敷地内にある、お墓。糸杉の林の中に、高貴な方々のお墓が集まっています。

f0058691_1861586.jpgメフメト2世の霊廟(Türbe)。

お墓に隣接して建っています。

敬虔な信者の多いファーティフ地区ということもあって、中はものすごい混雑でした。
流石にメフメト2世の霊廟だけあって、すごーく豪華な装飾でした。
あまりにもの人で、迷惑になるんで写真は撮らず。

この霊廟の向かいには、奥方のギュルバハル・ハトゥン(Gülbahar Hatun)の霊廟がありました。
ギュルバハル・ハトゥンは、次代のスルタン・バヤズィット2世の母后でもあります。


オスマン帝国では、数あるスルタンの妻の内、産んだ息子がスルタンになれば、その母は「ワーリデ・スルタン(=スルタンの母后)」として称えられます。
帝国の中期以降は、ワーリデ・スルタンが絶大なる権力を持つ事になり、国を動かす絶対的な存在として君臨することになるんです。が、メフメト2世の時代には、まだそういう風潮はなかったのか、ギュルバハル・ハトゥンの霊廟は、いたってシンプルなものでした。


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こちらもまた、修復中。『ゼイレッキ・ジャーミィ(Zeyrek Camii)』。
元は、ビザンティン帝国時代に建てられた、『クリスト・パントクラトル教会(Christ Pantocrator Kilisesi)』。1118~1124年に建てられた、聖堂と礼拝堂からなる教会です。

ここは、イスタンブルを征服後、初めて神学校(Medrese)が置かれた場所でもあります。その後、神学校はファーティフ・ジャーミィの中のキュルリイェ(Külliye)(※)に移転したため閉鎖され、モスクとして使用されました。

f0058691_1884658.jpg建物の横から。

ビザンティン建築らしいドームや窓が見えます。
赤レンガを使っているところも、ビザンティンらしいですね。

イスタンブルには、オスマン帝国時代にモスクに替えられたビザンティン教会が多く残っています。
それらも色々と紹介してみたいですねぇ。


また、このゼイレッキの辺りには、古い木造住宅が多く残されていて、その殆どは朽ちてしまっているんですけれど、中には綺麗に修復して使われているものもあって、なかなかに情緒のある界隈でもあるんです。
それら木造住宅も、真骨頂というべき地区がありますので、機会があれば紹介してみたいです。

修復中の建物ばかり載せてしまって申しわけないです。
イスタンブルは、来年2010年に〝欧州文化首都〟に選ばれていますので、急ピッチであちこちを手直ししている最中なんです。
観光に来られる方、その辺はご承知の上でお越しくださいね。


※キュルリイェ(Külliye)・・・・・モスク内または隣接して作られた、神学校・救貧所・病院・隊商宿・ハマム・図書館・霊廟などが集まる総合施設。


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by yokocan21 | 2009-05-14 18:30 | 普段生活  

子供の日のしょぼいメニュー

もう3日も前のことを、今頃UPです。
子供の日』・『端午の節句』。おひな祭りに比べると、何故か盛り上がりに欠けまして、うっかり通り過ぎてしまったり、特別なお料理をすることもなく過ごしてきました。
はぁ、男の子がいるのに、これってどう.....。
でも、子供の日の特別料理って特にないように思いますし、私には妹がいるだけですので、小さな時から端午の節句をお祝いする習慣もなかったわけなんで、仕方ないですよね。(と、自己弁護) 
柏餅やちまきを食べて終わり、って感じでした。

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そんなこんな端午の節句。
今年は、気分も変えて、子供に食べたいものを聞いてみました。
すると、〝焼きそば〟!  ・・・・・って、ブタ抜きになります。それに、中華麺なんて作れないんで、いつものようにスパゲッティーで代用です。
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うちの焼きそばは、いつもイカ入り。また、冷蔵庫に少し残っていたソーセージ(※)も入れてみることに。
ソースは、ウスターソース・お好み焼きソース・しょうゆ・お酒を適当にブレンド。これが、なかなかにイケルんです。

うふふっ、楽なメニューで助かりました~。
これだけでは、いくらなんでも、ですので、〝ズッキーニのスープ〟とサラダも。まぁ、とってもショボイ晩ご飯です。

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こちら、ズッキーニのスープ(Kabak Çorbası)。
ズッキーニと玉ねぎ、ジャガイモ、人参のみのとってもシンプルなものなんですけれど、さっぱり美味しいんです。
野菜たっぷりで栄養もばっちり。仕上げにディルを散らして、香りもいい感じで。
このスープの作り方は、 で書いております。

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そして、柏餅やちまきの代わりに(?)、〝イチゴのミルクレープ〟。
子供が、日本でよくあったイチゴのショートケーキが食べたい~とわめいておりましたので、某お料理サイトで見かけたミルクレープにしてみました。
この時期のイチゴは当たりハズレが大きいんですけれど、これは見事にハズレ。甘味少な~い。なんで、ホイップに砂糖を多めに入れて。
あぁ、それにしてもブサイクな仕上がり.....。めっちゃオッサンくさい風貌.....。
私が作ると、こんなもんですね。さすがに恥ずかしいので、写真小さめに。

こちらでは、兜や小さい鯉のぼりを飾るくらいしかしてあげられないですけれど、それでも一応は子供の日の雰囲気を味わってもらえればなぁ、と思っています。
ところで、サロンに飾ってあるミニ鯉のぼり。ダンナは「何でベランダに出さないのん?」と言います。
はぁ、、、そんなことしたら、うちの前が人だかりになってしまうじゃぁありませんかっ。今まで、あの鯉のぼりは外に出したことはありません。


※ソーセージ・・・・・ブタを食べないトルコですので、ソーセージといえば、牛肉または鶏肉で作ったものです。あと、七面鳥の肉製というのもありますけれど、どれも概して美味しくないんです。やっぱり、ソーセージはブタちゃんに限ります。ブタ製品、イスタンブルでは、あるところにはありますよ。


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〝ズッキーニのスープ〟の作り方
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by yokocan21 | 2009-05-09 05:53 | 普段生活  

懐かしのディヤルバクル・キリム編

何ともいえない虚脱感.....。
この週末のサッカーのことです。
あぁ、我がユヴェントス。ここ5試合勝ちなしって、一体どうなの?しかも、各下相手に勝てないだなんて。ホームでも勝てないだなんて。
日曜日の試合なんて、勝っていたものを終了土壇場でゴールを食らい、引き分け。がっくり。どうにかしてもらわないと!

そして、トルコの我がベシクタシュ~。この試合に勝てば単独首位に踊り出られるチャンスだったのにぃ。なんてこったぁ。
ホームでのイスタンブル・ダービーで、憎っくきフェネルバフチェ相手にホームで散々たる結果。熱狂的応援を繰り広げたサポーターの前で、ああいう試合はどういうものかと。あぁぁぁぁ。

おまけに、フェラーリといえば.....。(いきなりF1に話がとびます)ここまでで獲得したポイントは、何と3点。はぁ?やる気あるんですかい?と思える、悲惨な状態におります。
これから巻き返しを図れるのかどうかは不明。

で、この週末の唯一の嬉しい結果といえば、やっぱりバルサ!はっははーーー。
ベルナベウでの大勝!これほど気持ちのいいものはないですね~。今年のバルサのサッカーは、いつもにも増して美し過ぎます~。バルセロナ・ファンが羨ましいぃ~。

とまぁ、いつもならここでサッカー談義だの、F1談義だのに突入するところなんですけれど、あまりにも酷い状況ですので、やめ。(書く気にもならない)
そこで、気持ちを入れ替えて、大好きなキリムのお話をすることに致します。

~ *** ~ *** ~ *** ~ *** ~ *** ~ *** ~ *** ~ *** ~ *** ~

先日、友人とトルコのキリムの話をしていて、やっぱり私は部族系というのでしょうか、土臭い素朴でプリミティヴなキリムが大好きだわぁ~と、つくづく思った次第。
特に、東部の山間部で折られる重厚な色合いの渋いキリムがお気に入りです。

去年までの4年間を過ごしたディヤルバクルは、まさに東部を代表する町でして、近郊の産地からたくさんのキリムが集まってきます。町の絨毯屋さんに行けば、地元や近郊の村からやって来た濃厚な色合いでドッシリと織り込まれたキリムが山と積まれています。
今サロンに敷いているキリムも、この東部の重要産地であるハッカリのとある村で織られたもの。(このキリムにつきましては、こちらをご覧下さい)

で、今日は、この我がキリムを買ったお店で見せていただいた、私のお気に入りの東部地方キリムを少し紹介したいと思います。
オスマン朝時代に建てられた隊商宿兼商業館である、〝ハサンパシャ・ハン(Hasan Paşa Hanı)〟の中でも特に品揃えのいいお店です。

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まず、地元・ディヤルバクルのとある村で織られた20~30年は経っていると思われるキリム。一部、修理が入っていますけれど、保存状態はむっちゃいいです。
これ、とっても気に入って、しかもお値段もお手頃だし欲しかったんですけれど、何故か引越しまでにあれこれ用事をしている内にすっかり忘れてしまっていたもの。引越してしまってから、あれ買っておくんだったよ~、なんて後の祭りです。
写真を撮らせてもらった時には、持ち合わせがなくて、でもま、「この町に住んでいるんでいつでも買えるわ」、なんて余裕だったんですけれどね。うっかりです、はぁ情けなや。今、こうして写真を眺めているだけで、後悔の嵐!

この波のような文様が何とも個性的で、私の持っているイランのキリムにもちょっと似ているんです。
赤と藍色の風合いも、しっくりとしていて、眺める程に味わい深いものですねぇ。

ところで、このキリムが織られた村というのは、今はもう存在していないんだそうです。
というのは、トルコ東部や南東部での相次ぐテロ攻撃のため、この村から住民が退去せざるを得なくなってしまったのだとか。テロリストの巣窟とみなされた為に、国より退去命令が出たということです。こういう現実が、あるのですね.....。
ということですので、このキリムを織っていた村の女性達は、もうキリムは織っていないのだそうです。なんて残念なこと。ひとつ、文化が途絶えてしまったということです。


f0058691_1557130.jpgこちらは、「サドル・バッグ」といって、馬やロバの背に掛けて荷物を運ぶのに使うキリム。

左右袋状になったものを背に掛ける、いわゆる遊牧民のかばんのようなもの。
といっても、この現代に馬やロバで移動をする人たちなんて殆どいないんで、今は、使われることもあまりないんだそうです。
現代は、遊牧民といえども、遠くへ行く時はバイクで移動なんだそうですよ。

ロバ用のもので幅50~60cm。馬用のものなら、幅1mにもなる大型のものあり。

こんなオサレなバッグを掛けて馬やロバで散歩なんて、可愛いなぁ。一度やってみたいなぁ。


f0058691_15574937.jpgこちらも、同じくサドル・バッグ。

このようなサドル・バッグは、長~いものを織って、端から袋状に縫い合わせてありますので、好きなときに、その縫い目を解くことが出来ます。
そうすると、長い敷物として使える、なんとも便利な代物。

上のものも、こちらも典型的な東部のキリム。
どちらも、ハッカリの村のものだそうです。


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こちらは、その絨毯屋さんの玄関を飾っていた織物。
南東部地方の村では、このような飾りを玄関に吊ったり、また窓辺の装飾に使ったりするそうです。わぁ、可愛い~。

東部や南東部で織られているキリムは、概して質の高いものが多いんです。
主に、農民や遊牧民が家事の合間に織っています。紡ぎや染色も丁寧にされているものが多いです。
観光地に近い辺りでは、観光客ウケするような無個性でで荒いものもよく織られていて、そういうものを目の当たりにしてしまうと、何ともいえない悲しみに襲われます。でも東部・南東部では、今でも本来の生活の一部としてキリムが織られていて、よって民族性も顕著に現れてきて、とっても個性的なものにお目にかかれることになるんです。


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で、最後は、キリムじゃなくて民族衣裳

ディヤルバクル地方で、結婚式やお祝い事などでよく着られる衣装です。クルド人のものです。

黒や濃紺のビロード生地に、鮮やかな花柄が入っているのが特徴です。
中には、サテンのブラウスにモンペのようなパンツ(シャルワール)を合わせて着ます。

この衣装は、ハサンパシャ・ハンではなく、地元御用達という感じのアーケードの中で撮ったものです。

なお、ディヤルバクルの民族衣裳は、こちらでも載せています。



ということで、『あぁ懐かしのディヤルバクル・キリム編』はこれまで。
実は、綺麗なキリムはもっともっとあるんですけれど、何せいつもカメラを持ち歩いていたわけではないですので、手持ち画像はこれ位しかないのですねぇ。残念。
もっと色々と撮っていたと思っていたんですけれど、残念です。ちょっとショボショボ記事になってしまいました。(凹)


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by yokocan21 | 2009-05-04 16:06 | アート  

清志郎

本日、5月2日、忌野清志郎さんが亡くなられました。

ネットのニュースで知り、あまりにもの衝撃で、ただ今悲しみのドツボです。
ガンを克服し、武道館ライブで復活をとげられた時は、遠いトルコから喜びの歓声を上げたものです。でもその後またガンが転移して再度治療に専念.....。と、私の知るところはここまででした。
でもでも、まさか、こういうことになろうとは。

清志郎さんは、私の小さい時からのアイドル♪
RCサクセションのアルバムは、毎日毎日あきれるほど聞き倒していましたよ。
特に、『雨上がりの夜空に』・『トランジスタラジオ』は、大好きで、よく歌っていたものです。

お茶目でかっこよくて、そしてゴージャスで。年をとられてからも精力的Jに活動されていて、永遠のロックアイドルでした。
清志郎さんのことは、書けば書くほど悲しくなってきますので、このへんで。えーん。

私の大好きなアルバムです。
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どうか、安らかにお眠りください~。

清志郎さんのことなので、天国でも、「愛し合ってるかーーーい!」なんて言ってそうですね。

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すみません、こんな悲しみの記事で。次回からは、普通の話題に戻ります。

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by yokocan21 | 2009-05-03 05:35 | たわごと