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サワーチェリー酒、完成!

今日は、なんだか季節ハズレ感たっぷりな話題を...。

トルコの夏の、ほんの一時期にだけ登場するサワーチェリー(トルコ語ではヴィシュネ=vişne)。
あまりにも酸っぱいので、コンフィチュールにしたり、コンポスト(砂糖煮)にしたり、というのが一般的なんですけれど、私は甘~いものよりも、むしろ辛系の方が断然好きですので、〝お酒〟を漬けてみることにしました!

こちらが、サワーチェリー。普通のサクランボよりもひと回り小さく、皮がすいごーく柔らかいので、扱いは丁寧に。
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今まで、果実酒といえば、〝イチゴ〟や〝リンゴ〟、〝サクランボ〟を漬けたことがありまして、どれもすっごく美味しく出来上がったもんです。特に、〝イチゴ酒〟はあっという間になくなる程の出来栄えでしたぁ。
で、今回は、初めてのサワーチェリー酒作り。

前回作った〝サクランボ酒〟は、色も綺麗し、かなりいい感じだったんですけれど、どうも【風味】に欠けていまして、私的には、「うーーーむ」だったのです。そこで、サクランボよりも香りの良いサワーチェリーでやってみるとどうでしょう、と思いついたわけなんです。

夏休み旅行から帰って来てすぐ、サワーチェリーがまだ出回っている間に、青空市場へ出掛け、見かけが良さそうで美味しそうなものを1kg買ってきました。ちなみに、トルコでのサワーチェリーの季節は、7月中旬から8月初旬です。
サクランボの旬が終わりそうになると、今度はサワーチェリーが代わって登場してきます。

f0058691_20202864.jpgこちらは、漬けて1ヶ月ほど経った頃のもの。

果実酒には、日本ですとホワイトリカーを使うんですけれど、トルコにはないので、私は毎回ウォッカを使います。国産の安物で十分。

冷暗所で、2~2ヶ月半漬けると、OK。


f0058691_20213126.jpgで、めでたく上手く漬かった、サワーチェリー酒の出来上がり♪ルビー色がとっても綺麗~。

見た目、綺麗な色で、何となくジュースっぽい感じですけれど、ウォッカを使っているため、アルコール度は高し。
ストレートで氷を浮かべて、というのも勿論美味しいんですけれど、ソーダで割ってもとっても爽やかで美味しいです!

砂糖の分量もちょうど私好みの、甘すぎず、甘くなさすぎず。
早速ダンナにも試飲してもらったんですけれど、とっても気に入ってもらえて、気分上々!



そして、取り出したあとのサワーチェリー、捨ててしまうのはもったいない。そう、コンフィチュールにしましたぁ。
砂糖と水とレモン汁を加えて、弱火でコトコト。こんな感じに出来上がりました。↓
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これ、もともとウォッカで漬けてあるものなので、とっても柔らかくって、普通のサワーチェリー・コンフィチュールよりも数倍美味しく出来ました!
結構な量があった筈なのに、もう残りあと僅かに.....。おやつ代わりにパクパクいっちゃってます。

こぉんなに美味しい果実酒と、しかもコンフィチュールまで作れてしまうサワーチェリー、来年もきっとまたチャレンジしてしまいそう~。

来年は是非チャレンジしてみよう!と思った方、作り方は ↓ 。

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【作り方】
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by yokocan21 | 2007-10-31 20:26 | その他料理・飲み物  

お知らせ♪

今日(10/28)より、トルコは冬時間に入りました。
というのに、ディヤルバクルはまだまだ冬どころか、秋の気配もままならない温かい日々が続いております。日中の日なたは、半袖でも大丈夫なくらいに温かいんですよ。ま、日陰はさすがにひんやりと涼しいですので、そのあたりが〝秋〟なんですけれどねぇ。
昼間、25~26℃あった気温が、日が暮れるとともにどんどんと下がり、夜には10℃近くにまでなります。さすが、半砂漠気候、一日の温度差が激しいです。

そんなこんな日々、ちょっとお知らせをさせて下さい。

皆さまにもお馴染の、海外旅行情報誌・『エイビーロード』の中の、『ABガイド記事』で、私、今月10月より、記事を書かせて頂いております。

『ABガイド記事』は、世界中の色んな国や街から、現地在住の方たちが、色々な方面からその国や街を紹介されています。行ったことのある国や街でも、今まで知らなかったことを発見したり、また懐かしさに浸ったり。また、行ってみたい国や街のことをより魅力的に感じたり。
とっても興味深い記事が満載ですよ~。

もちろん、私はトルコの記事を担当です。
トルコに興味を持たれている方々に、トルコの魅力を紹介する、という何とも責任重大な役目なのですけれど、この拙い文章力でどれだけトルコの素晴らしさを語れるのか、毎回ドキドキしながら奮闘しております。
もし、興味を持たれた方、いらっしゃいましたら、どうぞご覧になってみて下さいね!

なお、私のトルコ記事へは、こちら から入っていただけます。

記事の更新もままならない中、こんなお知らせをしてしまいましたぁ。
どうぞよろしくお願いします!

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by yokocan21 | 2007-10-29 08:34 | お知らせ&バトン  

祝☆フェラーリ! チャンピオン☆キミ!

昨日(10/21)の夜はあまりの興奮で、眠れなかったぁ~。
そう、F1・ブラジルGP、最終戦で我がフェラーリキミ・ライコネン優勝♪、初のワールドチャンピオンに輝いたのでした!!!
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今年のF1は終盤になって、一気に盛り上がってきましたね。(フェラーリファンにとって)
シーズン半ばには、殆ど諦めていたワールドチャンピオンの座が、後半戦になって突如と見えてきたんですよね。
うーむ、今年はどうやら、ハミルトンがチャンピオンか.....それがなければアロンソの連覇なのか.....と、少々冷めた気持ちで観戦していた頃もありましたよ。
でもでも、やってくれましたね~。見事な、ドンデン返し。
〝北欧の貴公子〟は、最後の最後に、見事チャンピオンを勝ち取ってくれました!

普段、滅多に笑顔を見せないクールなライコネン、でもこの時ばかりは、やっぱり笑顔♪きゅーーーん、可愛い♪
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舞う花吹雪の中、シャンペンをグビグビと。幸せに酔いしれる、の図。
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そして、この画像がすごく気に入りましたので、載せちゃいます。
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シーズン途中までは圧倒的な強さで、チャンピオン間違いなし、と思われていたルイス・ハミルトンとのツーショット。
ハミルトン的には、悔やんでも悔やみきれないGPになってしまいました。
ハミルトンは、来年以降も、我がフェラーリやライコネンにとっては最大のライバルであることは間違いなし。近い将来、確実にワールドチャンピオンになることも間違いなし。

こうして、2007年のF1も歓喜と興奮と共に幕を閉じました。
最近では珍しい、最後の最後でチャンピオンが決まるという2007年シーズン。長いF1の歴史の中でも、後世にまで語り告がれてゆくでしょう熱いシーズンでした。
なんだか、ものすごい瞬間を見れたような気がして(TVでですけれど)、昨日は舞い上がっておりました。

そして改めて、おめでとう、キミ♪

画像は、1枚目・2枚目・4枚目は、CNN TURK.comより。3枚目はAUTOSPORT WEBより。


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続きがあります
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by yokocan21 | 2007-10-23 05:00 | サッカーとかF1とか  

ご無沙汰しています

ご無沙汰しております。

ラマザン明けのお祭り(=砂糖祭り)も無事終了し(10/12から10/14)、また普段の日々が戻ってきました。
ところがここ数日、回線の状態が最悪で、まともにネットが出来ない日々が続いております。
なんでも、プロバイダーでもあるトゥルク・テレコム(Türk Telekom)が今週に入ってストライキを起こしていて、その影響が出ているとか.....。え~ん、勘弁してよぉ~。
今日は朝からなんとか繋がる状態ですので、とりあえずホッ。

更新がストップした状態にもかかわらず、毎日たくさんの方に訪問いただいて、感謝感謝です。
ネットの状態をみながら、ぼちぼちとまた書いていきたいと思っておりますので、これからもどうぞよろしくお願いします♪
そして、仲良くさせて頂いています皆さまのところへも、また遊びに行かせて頂きますね!

で、画像は軽めのものを二つ。

ガズィアンテップの町の外れにある動物園です。
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朝からずっとモスクをはじめ町の散策ばかりでは、子供達はかわいそう。退屈しますよね。
そこで連れて行ったのが、動物園なんです。
広い森の一部を使っているために、緑がいっぱいでとっても爽やかな動物園でした。敷地の一部はヨーロッパ風の庭園になっていて、広~い芝生が気持ち良かったです。
写真は、その庭園の一部。とてもトルコ・南東部とは思えないほどの、洗練された感じのお庭でした。

そして、こちらは、ガズィアンテップの町から東へ約50km、悠々と流れるユーフラテス川。
上流から中流にさしかかる辺り。もう少し南に行くと、シリア国境です。
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by yokocan21 | 2007-10-19 20:36  

ガズィアンテップ・食いしん坊な旅

うっふふっ、食べてきました~♪
食い倒れの町としても知られているガズィアンテップですから、美味しいものがい~っぱい!
トルコのどこででも見かけるケバブの数々は、ここガズィアンテップから広まっていった、といっても過言ではないようです。
町を歩けば、普通のレストランに混じって、ケバブ屋さんの多いこと。ここディヤルバクルもケバブ天国なんですけれど、遥かにその規模を上回っています。
イスタンブールの有名ケバブ屋さんの中でも、オーナーがガズィアンテップ出身者というお店がとっても多いのも納得。
では、そのケバブ天国・ガズィアンテップから、本場中の本場のケバブのお店に行くことに致しましょう。

イマム・チャーダシュ(İmam Çağdaş)というレストラン。
旧市街のド真ん中にあるお店で、創業、なんと1887年だそうです。
新聞や雑誌の「美味しいケバブ店」アンケートでは、いつも〝トップ10〟入りをしている、超有名店でもあります。
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(画像はGoogle イメージより)

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まずは、スターターとして運ばれてくる、『ラフマージュン(Lahmacun)』と『アイラン(Ayran)』。
左奥はサラダ。ケバブには、やっぱりアイランが一番!

・ラフマージュン・・・・・薄~いピザ生地のような皮にスパイシーな挽き肉やトマトソースなどを乗せて、石釜で焼いたもの。

・アイラン・・・・・ヨーグルトを水で割って、塩味を効かせた冷たい飲みもの。南東部地方では、銅製の容器に入れられてきて、そして銅製のスプーンで飲むのが一般的。こちらの記事を参照して下さい。


パトゥルジャン・ケバブ(Patlıcan Kebabı)』=ナスのケバブ。
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輪切りのナスと、キョフテ(ミートボール)を交互に串に刺して炭火で焼いたもの。ナスは皮をむきフォークで潰して、キョフテと一緒にピデやラワシュという薄型パンに挟んで食べるんです。ひぃ~、このジューシーさがたまらない~。
ナスの甘味とお肉の旨み、すごいコンビです。焼いたトマトも、これまた甘くって最高!

アリ・ナーズィック(Ali Nazik)』。
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焼きナスの中身を潰したものにヨーグルトを混ぜたソースの上に、挽肉のケバブを乗せたもの。
肉料理にヨーグルトを合わせる、というのはいかにもトルコらしいですね。
でも私は、温かいお料理にヨーグルトという組み合わせが苦手...。これはダンナが注文したものです。ダンナいわく、とぉっても美味しかったらしいです。

こちらのお店のピデ
焼きたて、ふんわりふわふわが運ばれてきました。中が空洞になっていて、アラブのピタパンにそっくり。
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で、最後はデザート。もちろん『バクラヴァ(Baklava)』。(4種類入って、これで2人分です)
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ここガズィアンテップはバクラヴァの地としても、有名なんですよ~。
町の至るところでバクラヴァ屋さんを見かけます。
もう、あっちもこっちもバクラヴァ屋さんだらけ。人口を考えても(100万人都市)、バクラヴァ屋さんの数があまりにも多すぎ!それほどまでも、この町の人はバクラヴァが大好きなんでしょうねぇ。
それもそのはず、とぉっても美味しいんですよ~。他の町で食べるものとは、どこが一味違います。
私、普段はバクラヴァってあまり食べないんですけれど(甘すぎて食べられない~)、ここで食べたのは、あら不思議、いけちゃいましたぁ。ケバブをたっぷりと食べた後なのにね...。で、この他のお店でも、バクラヴァをパクついちゃってましたよ。

ところで、ガズィアンテップには、もうひとつ有名なものがあります。
それは、ピスタチオ。トルコ語では、アンテップ・フストゥーウ(antepfıstığı)。この〝antep〟というのは、勿論、ここガズィアンテップ(Gaziantep)のことですね。
町の名前が付いているというほど、トルコでのピスタチオの一大生産地なんです。この辺りを車で走ると、両側に見事なピスタチオ林を見ることが出来ます。

そういう背景もあって、この町で食べたバクラヴァには、ピスタチオのパウダーがふんだんに振りかけられていました。あの爽やかなピスタチオグリーンと、こんがり焼けたバクラヴァのコンビネーションが何とも綺麗ですよね。

なお、Wikipediaによりますと、トルコは世界第4位のピスタチオの生産国なんだそうです。(2005年度の統計)

そして、ガズィアンテップといえば、これ。『カトメル(Katmer)』。
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何層にもなった薄~い薄~い生地に、砂糖とピスタチオのパウダーを挟んでオーブンで焼いたお菓子。
お菓子、と書いちゃいましたけれど、これ、この町では朝ご飯に食べるんだそうですよ。
ええ、もちろん私達の泊まったホテルでも、朝食のバイキングにしっかり『カトメル』がありましたぁ。
うぅっ、朝からちょっとヘビーだわ...なんて言いながら、興味津々食べちゃいました!おぉっ、これ意外といけます~。

朝食では、既に作りおきしてあるものが並べられていたんで、冷めてしまってたんですけれど、それでもチャイと一緒に食べると、なんとも美味しかったんです。
で、食いしん坊な友人のMちゃんと私、「焼きたてホカホカのカトメルを是非食べた~い!」と、レセプションで紹介してもらった、町で一番美味しいと言われるカフェにカトメルを食べに行くことに!

それがこの写真のもの。
これ、一人前です。大きなお皿にデーン。さすがに朝食を食べた後でしたので、Mちゃんと二人で分けて食べました。ダンナたちは横でチャイを飲みながら、一切れで十分、と何やら不思議そうに眺めておりましたっけ。

ということで、食いしん坊さんも大満足なガズィアンテップの旅は、これでおしまい。
深い歴史に彩られた魅力満載の町、食い倒れの町、色んな方面からとっても素敵な町でした。
ここを後に、ユーフラテス川を渡って、目指すは次の町、シャンルウルファ(Şanlıurfa)です。
 

İmam Çağdaş
Eski Hal Civarı, Uzun Çarşı No.49 Şahinbey Gaziantep
TEL   0342-231-2678

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by yokocan21 | 2007-10-11 05:52 | 旅・散歩  

ガズィアンテップ・アートと工芸に触れる旅

ガズィアンテップ旧市街で見つけた、可愛い手工芸品をいくつか紹介。

f0058691_550790.jpgセデフ(sedef)。 
クルミの木で作った箱に、真珠母という貝をはめ込んだもの。
すべて手作業です。

象嵌細工の一種ですよね。
象嵌細工といえばシリアが発祥地ですけれど、この町はシリア国境まですぐそこ、という土地柄、シリアの影響が濃いのがよくわかります。



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銅製品のお店。
お土産用のお皿や、日用品として使われている水差しや鉄板、鍋など、所狭しと並べられています。
トルコの東部や南東部の町では、銅製品のお店や工房をよく見かけます。

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店先で銅細工をする職人のおじさん。
銀色をしているのは、銅のスズメッキしたもの。

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イェメニ(yemeni)という皮製のスリッパ。
バッファロー、雄牛、山羊、羊、子羊の5種類の皮を使い分け、作ってあるそうです。なので、履き心地は抜群なんだとか。

*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:……:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:*:…:

ここからは、ちょっと歴史のお話にお付き合いくださいね。

ガズィアンテップの町から東へ約50km、ゼウグマ(Zeugma)という遺跡があります。

ゼウグマは、ユーフラテス川沿いの、古代コンマゲネ王国の主要都市。
紀元前300年、アレキサンダー大王の将軍であったセレウコスⅠ世によって、ギリシャの植民都市となります。当時の町の名前は、セレウシア(Seleucia)。
その後、紀元前64年にローマ帝国に占領され、ゼウグマ(Zeugma)となります。この時代、シルクロード上の中継地点として町は大いに発展。
ところが、256年、サーサーン朝(ペルシャ)に攻められ、町は壊滅状態になります。長い時を経て町は復興するものの、かつての栄華は取り戻せなかった、ということです。

遺跡の発掘作業は、1987年からガズィアンテップ博物館と海外の発掘隊によって始められ、1996年には近くに建設中のビレジク・ダムの下に沈む予定となっていたため、急ピッチで進められました。
それによって、浴場や競技場、また緻密で芸術的なモザイク画を敷き詰められた貴族の邸宅跡などが次々と出現。

この時、遺跡から発掘された数々のモザイク画は、現在ガズィアンテップ博物館に移転、展示されています。
現在、遺跡の1/3がダムの下に沈んでおり、残りの部分は発掘続行中で、オープンエア・ミュージアムとして公開される予定だそうです。

それでは、ガズィアンテップ考古学博物館に展示されている美しいモザイク画を、少々ご紹介いたします。
これらは、だいたい2~3世紀のものです。(ローマ時代)
フラッシュ撮影が禁止されていますので、暗いのですけれど、お許しを。

f0058691_5525595.jpgまず、何かのモチーフ。
とにかく超細かい細工で、これが全部石で作られているとは、わかっていても信じられない!



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ディオニュソス。(お酒の神、ふっふふ)

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真ん中にポセイドン。オケアノスとテテュス。

こちら、かなり暗く、2階から撮っているので、よくわからないですので、ガズィアンテップ博物館のHPからお借りしてきたものをどうぞ。 ↓
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博物館のシンボル的存在のこれは、ジプシーの少女。こちらも、博物館HPより拝借。

なお、ガズィアンテップ博物館のHPでは、数々のモザイク画を見ることが出来ますので、お勧めです!

この博物館のモザイク画は、私が今まで見たものの中では(って、たいして知らないんですけれど)、最も状態が良く、しかも修復もものすごーく綺麗にされていました。
〝感動~〟〝驚き!〟です。
それらは、貴族の館の床に敷かれていたものだと聞いて、まぁなんて贅沢なぁ~!と倒れそうになりました。
モザイク画に使われている石は、町の近くを流れるユーフラテス川で採れたもので、イメージ通りの石がが見つからなかった時にはガラスを使ってみたり、また、それでも気に入らない場合はわざわざガラスを作ったのだそうですよ。
完璧なまでの、芸術作品なのです!

モザイク画の他にも、石像や石棺、コインなど、ローマ時代の出土品が多く展示されていて、見ごたえたっぷり。
都合が合えば是非訪れてみて頂きたい博物館です。


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by yokocan21 | 2007-10-07 06:02 | 旅・散歩  

ガズィアンテップ・旧市街散策

だ~いぶと前の記事で、「南東部地方・歴史を訪ねる&食いしん坊旅」などと謳っておきながら、すっかり書くのを忘れてしまっていました...。
記憶が薄れてしまわない内に、書いてしまいましょう。

6月上旬の週末、ダンス教室で仲良くなり良いお付き合いをさせて頂いている、M&Mさんご一家と一緒に、ガズィアンテップとシャンルウルファの旅に出掛けて来ました。

まずは、ガズィアンテップ(Gaziantep)
ディヤルバクルより西に約330km、南東部地方最大の商工業都市です。トルコで6番目に大きな町なのだそうです。トルコ人は、単に「アンテップ」と呼ぶことの方が多いです。

古代よりアインタープまたはアインターブと呼ばれてきたこの町は、地中海とメソポタミアに挟まれた地理的条件から、交通の要所として重要な役割を果たして来、なぁんと6000年の歴史を誇ります。

紀元前3000年頃からこの辺り一帯に定住民が増え続け、都市として最初に栄えた時代は、紀元前1800~1700年頃のヒッタイトの時代で、いくつもの王族が町を支配していました。
その後、紀元前850年にアッシリア王の支配下になり、続いてメディア王国、ペルシャ帝国(アケメネス朝)の支配を受け、紀元前4世紀にはアレキサンダー大王の支配、そして紀元前395年より紀元後638年までの間はビザンティン帝国の支配下になるという、目まぐるしく歴史は動いていきます。
その後、アラブ人やセルジューク朝の支配を経て、1516年よりオスマン朝の領土となります。

ま、歴史の話はこの辺にしておいて、町をサラサラ~ッと見て周ることに致しましょう。
まず、町の南側にデーンと構えるガズィアンテップ城(Gaziantep Kalesi)。
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元々6000年前に造られた砦の上に、3世紀のローマ時代に要塞として建造。それを6世紀のビザンティン帝国・ユスティニアヌス帝が強固な城塞として建造、その後1481年、エジプトのスルタン・カユトバイが今ある形の城塞として修復・改築したもの。
内部は発掘作業が行われていて、ハマム(トルコ風呂)や牢獄跡などがあります。
私たちが訪れた時は、この城一帯が修復作業の真っ最中でした。数ヵ月後(いや、数年後?)にはすごーく綺麗に整備された城を見学できることになりそうです。
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城からの眺め。旧市街を望む。

では、この城の麓一帯に広がる旧市街を散策。

城から見た、タフタニ・ジャーミィ(Tahtani Camii)。
建立は定かではないが、おそらく1557年。ミナレット(尖塔)の形がこの地方独特のものです。
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f0058691_2149394.jpgこちらは、城の真横にあるシルヴァニ・ジャーミィ(Şirvani Camii)。1677年建立。
イキ・シェレフェリ・ジャーミィ(İki Şerefeli Camii = 2つのシェレフェのあるモスク)として知られています。
〝シェレフェ(şerefe)〟とは、モスクのミナレットにあるバルコニーのことで、昔はここでお祈りの呼びかけ・エザーンを詠んでいました。

このシェレフェとそれに続く装飾部分には、青いガラスがはめ込まれていて、近くで見るととっても綺麗なのです~。


細く、車が一台通るのがやっとのこの旧市街、道も迷路のように入り組んでいて、現在地を把握するのが大変です。
小さな商店が所狭しと軒を連ねていて、物売りのおじさんの声を聞きながら、また職人さんのトンカン♪という槌音を聞きながら、遠い昔の町の様子を思い描きながら、てくてく散歩。

辿り着いたのは、こんな古めかしいカフヴェ(トルコ版カフェ)。タフミス・カフヴェ(Tahmis Kahve)。
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なんと、400年前の建物を今もそのまんま使っているという、すごーい歴史あるカフヴェです。
内部はこんな感じ。
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薄暗~い店内は、おじさん度超高し。でも、私たち子供連れの家族でも、温かく迎えてくれました。
元は、1640年にメヴレーニハーネ(mevlenihane)(←※注)として建てられたものを、1901年~1903年の間に、カフヴェとして使われるようになったとのことです。
で、ここで出されるカフヴェ(Kahve =トルココーヒー)なんですけれど、一見トルコの何処ででも見かけるコーヒーと同じ、でもダンナとM&M夫妻いわく、トルコで一番美味しい!のだそうです~。(私はトルココーヒーが苦手なため、チャイをオーダー)
ここのコーヒーをもう一度飲むためにだけでも、もう一回ガズィアンテップに行きた~い、んだそうですよ。そのくらい、歴史のあるカフヴェで飲むカフヴェは、お味も重みもひときわ際立っていたようです。

ちなみに、トルコでは町の片隅に、こういうカフヴェと呼ばれるおじさんの憩いの場があちこちにあります。
大抵は皆、チャイやコーヒーを飲みながら、カードゲームや、バックギャモン(トルコ語ではタヴラ(tavla))をしたり、ゆーったりと時間を過ごしています。

このカフヴェを後にして、もう少し行くと、ボヤジュ・ジャーミィ(Boyacı Camii)に出くわしました。
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現在建物は修復中で、中には入れなかったのですけれど、門の外からでも立派なモスクであることは、一目瞭然。
ガズィアンテップ最大のモスクで、1211年の建立ということはこの町で二番目の古さです。
白と黒の縞々模様のモスクは、ディヤルバクルでもよく見かけるものですけれど、これはトルコ南東部地方によくあるものなんでしょうね。
ドーム屋根が銅板、というのもちょっと変わっているなぁと思います。

f0058691_21514014.jpgミナレットは、マムルーク朝時代の1357年のもの。
てっぺんにシェレフェがあり屋根が付いていてる形、この町のミナレットではよくあるものです。そしてシェレフェの下の部分の装飾がとっても繊細で美しい!


f0058691_2573144.jpgこちらは、お土産屋さん。
この地方で織られているキリムも飾られています。ガズィアンテップといえば、民族衣裳も色とりどり派手な色合いのものが多いんですけれど、キリムも鮮やかなものが多かったです。
あと、銅製品や、手作りの木箱に装飾を施した物も有名。これらは後ほど改めて紹介しますね。


f0058691_21522722.jpgで、最後は、旧市街からは少し離れたところにあるんですけれど、ケンディルリ教会(Kendirli Kilisesi)。

1860年に建てられたのもがすぐに崩壊してしまったので、1898年に再建されたものです。
内部はガラーンとしていて、特に面白いものではなかったです。
現在は、何かの展示場として使われているようでした。

元々この町には、アルメニア人を始め多くのキリスト教徒が住んでいました。今は時代の流れの中で、キリスト教徒の数は少数です。

よーく見ると、壁には無数の銃弾の跡が残されています。
これは、1920年の祖国解放戦争の時の、フランス軍の攻撃によるもの。この時の激しい攻撃に、トルコ軍と町の人は団結し戦い、この町をフランス軍から守った、といわれています。
そのため、輝かしい称号である『ガズィ(Gazi)』(=イスラム戦士)という名を、この町に与えられたということです。


なかなか観光地としては知られていないガズィアンテップですけれど、いえいえとっても面白い町でしたぁ。町も活気があって、人々も温かくって、すっかりお気に入りになってしまったのです。
次回も、こんな歴史あるガズィアンテップの様子をお伝えしていきますね。


※注 メヴレーニハーネ・・・・・メヴレヴィー教団の道場。

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by yokocan21 | 2007-10-04 22:01 | 旅・散歩