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カテゴリ:ディヤルバクル( 13 )

 

懐かしのディヤルバクル・「ハサンパシャ・ハン」

前回、アダナ(Adana)のことを書いていたら、何だか急にディヤルバクルが恋しくなってきました。
アダナとディヤルバクル、この二つの町には全く接点はないんですけれど、私的には、イスタンブルに引っ越して来るまでの4年間を過ごしたディヤルバクルと、その滞在中に訪ねた町・アダナ、という勝手な繋がりを持っています。
ということで、懐かしいディヤルバクルを蔵出し写真より紹介してみることに致します。

以前書いたこちらの記事でも紹介しています、ハサンパシャ・ハン(Hasan Paşa Hanı)
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オスマン朝時代、ディヤルバクルの第3代知事・ハサンパシャによって、1573年に建てられた、隊商宿(キャラバンサライ)兼商業館です。当時は、隊商宿として使われていたほか、貴金属商やリネン商たちの商店街も兼ねていたそうです。
建物は、ディヤルバクルらしい白と黒の縞々模様。(黒い石は玄武岩。白い石は「?」)

私たちがディヤルバクルに引っ越した当時は修復中で、外観はかなり朽ち果てて汚れた感じで、近付き難い印象がありまし。ところが、、2007年の秋に修復が終わり、内部も全面公開されたときは、とっても明るく親しみやすい印象に変わっていました。

広々とした中庭の中央には、泉があり、オープンエアのカフェがあり、中庭をぐるりと囲む建物には、絨毯屋や骨董品屋、お土産物屋などが並んでいます。

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また、急な階段を上った2階にもカフェやお店が並び、何だか当時の華やかさが偲ばれるような感じ。
これは、2階のカフェの様子。(ダンナと子供が寛ぐ、の図)


f0058691_17392362.jpgこちらは、2階の内部部屋の天井。

天井はドーム型になっていて、小さな石が行儀よく積み重ねられています。
外壁の重厚な印象とは打って変わって、淡い色目で穏やかな雰囲気です。

真夏のディヤルバクルには灼熱の太陽が降り注ぎ、とても外を歩けるような気候ではないんですけれど、ここは重厚な石造り。内部はひんやりと、涼しいくらいなんです。


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これは、中庭のカフェ。(写真撮った時期は、上の3枚とは異なります)
ここは、ディヤルバクル県の女性救済団体(DVの被害にあった女性達を救う団体)が経営しています。
トルコの東の地方はまだまだ封建的で、女性の地位が低く、夫から暴力を受ける女性も後を絶たないという現実。このカフェや、建物の地下にあるレストラン(ディヤルバクル伝統料理を出します)では、そういう被害を被った女性達の自立を目指して、雇用をしている、ということです。
たまたまお話を伺った女性が、このカフェのマネージャーさんで、色々と教えて下さいました。

f0058691_1745567.jpgこちらは、ハサンパシャ・ハン内(この中庭のある建物の横に繋がった建物)に広がる貴金属商店街。

オスマン帝国時代の名残ですねぇ。
とにかく、ゴールドの雨あられ。

ちなみに、トルコでは、金(ゴールド)は換金性のある財産として扱われています。



その昔は、さぞかし華やかな町だったであろうディヤルバクル。このような建築物を見るだけでもその辺りがうかがえます。

こうやって一つの建物を眺めるだけでも、懐かしい思いでいっぱいです。ディヤルバクル記事は、折りを見てまた書いていこうと思います。

※ディヤルバクルに興味のある方、右側ずっと下の『タグ』内にある『ディヤルバクル』を見てみて下さい。色々と紹介しています。また、ディヤルバクルの概要を知りたい方、HPで書いておりますので、参照下さい。


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by yokocan21 | 2009-03-03 17:46 | ディヤルバクル  

旧市街の食品市場・パート2

ここ1週間ほど、お天気の良い日が続いています。といっても、昼間でも7~8℃といったところですけれど。
気温は高くはなくても、陽だまりはポカポカととっても暖かくって、外に出るのが楽しみな毎日。
そんなある日、全く改善を見せない咳コンコン退治をしようと、旧市街にあるハーブ屋さんへ行って来ました。

トルコには、気候的なものからか自然のハーブが至るところに生えていて、町にはドライハーブを売るハーブ屋さんもあるんです。そのハーブを使った様々なエッセンシャルオイルも作られています。
ここディヤルバクルでハーブ屋さんというと、やっぱり旧市街の市場の中のお店が、扱っている種類も豊富だし色々と相談にも乗ってくれますので、何かと便利な存在です。

まず、今回の目的は「咳」によく効くといわれている〝リンデン(ウフラムル=ıhlamur)〟。
スーパーでは、ティーバッグのリンデン茶もよく売られているんですけれど、やっぱり葉っぱそのままのものでお茶を煎れた方が効き目は大かなぁ、と思って。
このリンデン茶をちょっと濃いめに煎れて、蜂蜜とレモン汁を加えて飲むと、風邪によく効くとよく聞きます。我が家では、別に風邪をひいていなくても、よく飲むハーブティーです。

こちらの写真、左側がリンデン。 ↓
右側の黄色い花は、おそらくヤロウでしょう。トルコ語では、civanperçemi(ジワンぺルチェミ)。
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この店には、見たこともないような不思議な珍しいハーブも色々と揃っています。
例えばこれは、カンゾウ(甘草)。トルコ語では、meyankökü (メヤンキョキュ)。これも、咳や喉の痛みに効くそうです。 ↓
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これらは、全て。ゴマやケシの実など、トルコではパンやケーキ、クッキーなどによく使われるお馴染みのものから、全く知らない種まで、色々。 ↓
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こちらは、ナチュラルソープ。 ↓
エーゲ海地方では、特産のオリーブ油を使ったオリーブ石鹸がよく作られているんですけれど、この地方では、ハーブエッセンス入りの石鹸が主。無骨な手作り感がなんともいい感じ。
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この市場は、食料品を扱っているお店が殆どですので、このような乾物屋さんも何軒もあります。

f0058691_2093745.jpg真ん中のものは、〝キョメ(köme)〟とか、〝ジェヴィズリスジュック(cevizlisucuk)〟とか呼ばれるもの。
クルミを、クワの実を煮潰した水あめや蜂蜜で固めたもの。輪切りにして食べます。
むっちゃカロリー高そうで怖い。でも、美味しい~。
右奥の濃い茶色をしたものや、左側の薄い茶色のもこれと同種類のもの。

右横にあるものは、〝ぺスティル(pestil)〟と呼ばれるもの。
主にクワの実や干しアンズのペーストを潰して、滑らかに平らにして干したもの。そのまま食べます。
写真のはべージュ色なので、クワの実バージョンでしょう。

左奥の、薄緑色した三角形のものは、ピスタチオの粉末を、ぺスティルで巻いたもの。
フストゥクル・サムサ(fıstıklı samusa)といって、南東部地方で見かけるものです。

こちらが、そのUP。
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これに使われているぺスティルはブドウで作ったもの。
ブドウで作られているためか、ちょっと酸味があって、でも甘くて、中のピスタチオが香ばしくって、
何だか不思議な美味しさ。


ちょっと珍しいものばかりを集めて紹介してみました。
前回書きました、「旧市街の食品市場」の記事と合わせてご覧頂けると、ディヤルバクルの市場の様子をもっとわかって頂けるかなぁと思います。

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by yokocan21 | 2008-01-22 20:18 | ディヤルバクル  

ディヤルバクルのスイカ

ディヤルバクルといえば〝スイカ〟! トルコ語では、カルプズ(karpuz)。
今回はディヤルバクルのスイカのお話です。

トルコで〝スイカといえばディヤルバクル〟というほどに有名なこの町の名物。
しかも、ディヤルバクルのスイカは〝デカイ〟ことでも有名で、普通のスイカよりもずっと遅れて9月上旬になってやっと登場してきます。
大通りを車で走っていると、道端にテントを広げたスイカ屋さんをちょくちょく見かけます。

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こんな感じ。↑  横に立ってもらったおじさんと比べてみても、その大きさは一目瞭然!
トルコのスイカは日本のものと比べて相当に大型なんですけれど、この町のものはそれ以上に大型。
スイカと一緒に売られているメロン(かな...瓜かな)、これも、むっちゃデカイ!
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ただし、この超大型スイカは食べてもあまり美味しくないとかで、おじさん曰く、飾り物なんだそうです。ちなみに、これはこういう大型の品種で、ティグリス川の川畔で栽培されているそうです。
で、美味しく食べられるものは、重さ7~10kgくらいの、トルコの標準サイズの品種のものとのこと。

なので、うちはその中でも小ぶりな7kgサイズのものを購入。我が家でスイカは殆どをダンナ一人で食べるので、大きいものは必要なしです。それに、あまりにも大きいと、冷蔵庫に入りきらないので困るんですよね。

買ってきたスイカ、みずみずしくって、とっても甘~くって美味しかったです!

スイカの町・ディヤルバクルでは、〝スイカ・コンテスト〟というものもあり、参加者(生産者)はその大きさを競います。
先日行われたあるコンテストでは、な、なぁんと優勝スイカは〝46.66kg!!!〟だったそうです。人間一人サイズ。
そのときの写真はこちら。↓   (画像はwww.haberler.comより拝借)
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f0058691_5112855.jpgで、町のちょっと郊外にあるロータリーのサークル内には、こういうモニュメント。
この町を象徴する〝城壁とスイカ〟。


このような城壁とスイカを模ったものは、モニュメントやロゴとして、町のあちこちで見かけます。

f0058691_512978.jpg例えば、ディヤルバクル県の紋章。

城塞とモスクのミナレット(尖塔)に、スイカ。
ミナレットは、ウル・ジャーミィ (Ulu camii)のものでしょうか。
城壁とスイカの間にある水は、ティグリス川ですね。


f0058691_5125613.jpg地元、ディヤルバクルのプロサッカーチーム、ディヤルバクルスポル(Diyarbakırspor)の紋章。
ちなみに、このディヤルバクルスポルのユニフォームは赤と緑のスイカカラー。

最近は見かけなくなってしまったのがとっても残念なんですけれど、試合の応援の時にかぶるチームカラーの帽子、あれ、スイカを模っていてとっても可愛かったのです~。あれが欲しくって(酔狂者!)、引っ越して来てすぐチームのショップに行ってみたんですけれど、今はもうない...とのこと。あーあ。


f0058691_5132413.jpgよく行くケバブレストランのロゴ。

このレストランは、こちらの記事で紹介しています。


f0058691_514468.jpgこれもよくいくレストランのロゴ。

こちらのミナレットは、通称〝四足のミナレット〟といわれるもの。これ、その内紹介いたしますね。


とまぁ、ディヤルバクルではとっても親しまれている城壁とスイカ・スイカ・スイカ!なのです。

【追記】 Wikipedia によりますと、2004年の統計では、トルコは世界第2のスイカの生産国なんだそうです。

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by yokocan21 | 2007-09-25 05:24 | ディヤルバクル  

装飾が美しいモスク二つ

ラマザン(イスラム教の断食月)(←※注)突入記念に、ちょっとモスク巡りでも。

ディヤルバクルに数多くある歴史あるモスクの中から、今日は二つを紹介します。どちらも、もちろん旧市街にあります。

まずは、メリク・アフメド・ジャーミィ(Melik Ahmed Camii)
旧市街の東西に走る大通り沿いにあるんですけれど、モスクの1階に商店が並んでいますので、入り口の門がわかりにくく、ミナレット(尖塔)を探しながら歩かないと、見つけにくいのが難点。
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16世紀後半、メリク・アフメド・パシャ(宰相)によって建てられたこのモスクは、一説には、かの大建築家、ミマール・スィナン(Mimar Sinan)が設計したと言われています。どうりで、内装はイスタンブールにあるスィナン設計のモスクたちによく似た雰囲気を感じます。

f0058691_3275542.jpg天井のペイントは、いかにも的なオスマン朝風。


f0058691_328464.jpg総タイル貼りのミフラープ(mihrap)。(メッカの方向を示す壁がん)。

ミフラープにタイルを使っている例はたくさんありますけれど、ここまで全面的に使用しているものは大変珍しいそうです。


f0058691_3291092.jpg私がとっても気に入っているのが、こちらのミナレットの台座のレリーフとタイル。

タイルは殆どが剥がれ落ちていて、当時の様子は殆どわからないんですけれど、細かい模様と少しだけ残ったトルコブルーがとっても綺麗。
レリーフもものすごく繊細で、まるで透かし彫りのよう。

そしてこのミナレットは、半分の高さまでの2つの階段が、お互いを見ることの出来ないように作られているのだそうです。その半分の高さのところで、2つの階段が合流するようになっているそうです。
うーむ、こういう造りのミナレットって、そうそう、ハサンケイフのチフト・メルディヴェンリ・ミナーレも
お互いが見えないように出来ているんですよね。一体どういう造りなんでしょう、中を見てみたいです。

ところで、このモスクを建てたメリク・アフメド・パシャは、地元ディヤルバクル出身の商人で、知事を務めたこともあり、後には宰相にまでなった偉大な人物です。
このモスクの他にも、通りを挟んだすぐそばにはハマム(トルコの風呂)も建設しています。このハマムは、今は使われていなくて、商店になっています。
また、このモスクのある大通りの名は、メリク・アフメド通り(Melik Ahmed Caddesi)です。


もう一つはこちら、サファ・ジャーミィ(Safa Camii)。 別名、パルル・ジャーミィ(Parlı Camii)。 また、イパリエ・ジャーミィ(İpariye Camii)とも呼ばれています。

↑のメリク・アフメド・ジャーミィの近く、大通りをちょっと入ったごちゃごちゃとした細い小道が入り組んだ所にあります。
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f0058691_3312319.jpgこのモスクは、15世紀、アクコユンル(白羊朝)時代に建てられたもので、屋根は八角形の大ドームと4つの小ドームからなる、この時代にはちょっと珍しい建築様式です。

見事な装飾が施されたミナレットが、何といっても素晴らしい!

玄武岩を基調とした白黒の縞々模様の剛健なモスクと、白い石で造られたこの優雅なミナレットの対比が素敵です♪

(礼拝中のため、内部の撮影は出来ませんでした)


f0058691_3321385.jpgミナレットの台座は幾何学模様のタイルで飾られ、本体にはクーフィ体やナスヒー体のカリグラフィーが至るところに散りばめられています。

写真ではよく見えないのがとっても残念。実物は、もう、うっとりする位に素晴らしく美しいのです~。

ちなみにこのミナレットは、その昔は大きなカバーで覆われていて、金曜日にのみカバーがはずされ、一般に公開されていたらしいです。そのためか、乳白色の石が汚れから守られ綺麗に残っているようです。


そしてもうひとつ、ミナレットに関するエピソード。
別名のイパリエ(İpariye)とは、「良い香りのする」という意味があるそうで、このミナレットを建築時、石に香料を混ぜて造ったとか。へぇ~、どんな香りがしていたんでしょうね、思いは15世紀に馳せ~。

で、最後に、サファ(Safa)の名前の由来。
15世紀当時、ここディヤルバクルを統治していたアクコユンル(白羊朝)のスルタン、ウズン・ハサン(Uzun Hasan)が交流のあったサファヴィー教団(←※注)の長に敬意を表し建てたもの、と言われているためらしいです。
ウズン・ハサンの妹が、その教団長の妻となっている関係。

ディヤルバクルには、まだまだ素敵な(というか、濃いもの好き受けしそうな)モスクがたっくさん。
暇をみては、旧市街のモスクを訪ねては喜んでいる私、また別の機会にその他のモスクも紹介してきますね。


※注 ラマザン(Ramazan)・・・・・イスラムの断食月間。今年は9/13よりスタート。約1ヶ月続きます。断食明けには「ラマザン・バイラム」というお祭りがあります(今年は10/12より3日間)。

※注 サファヴィー教団・・・・・13世紀末から14世紀初頭にかけて誕生した、イスラム神秘主義教団。今のイラン西北部・アルダビールを中心に勢力を拡大し、後のサファヴィー朝を建てる。


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by yokocan21 | 2007-09-16 03:47 | ディヤルバクル  

ディヤルバクルのライオンレリーフ

近場の旅行記を書いているところですけれど、ここでちょっと脱線。
いつも楽しく美しいイスラム世界を堪能させて頂いているmiriyunさんのところで、何とも興味深いものを拝見して、ちょっと興奮状態です。今日はその興奮冷めやまぬところで、その気になるものを書いてみたいと思います。

ディヤルバクルにあるウル・ジャーミィ(Ulu Cami=大モスク)は町(旧市街)のど真ん中にあることから、もう何度も足を運んでいるほど、私にとってはお馴染のモスクになっています。(といっても、ただ見学に行くだけですけれどね)
そこで、いっつも気になっていたものがあるんです。

これ、↓ 「ライオンが雄牛を仕留めているレリーフ」。
ウル・ジャーミィの、大通りに面した門の上部・左右に描かれているものです。(写真はその右側のもの)

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イスラムは偶像禁止ですので、トルコのモスクのレリーフなどには人間はもちろん動物なども描かれることって、殆どないと思っています。
イランやその周辺では、動物などが描かれていることもよくありますけれど、それはスンニー派とシーア派の違いなのでしょうか。どうなんでしょう。
ここトルコのモスクでは、このような動物のレリーフは、私は見た覚えがないんですよね。なので、初めてこれを見た時はびっくりしました。と同時に、これって一体どこの影響を受けたものなんだろうと、色々と想像が膨らんでいったんです。
それが、今日わかたんですよ~!

miriyunさんのこちらの記事
インド、ウダイプールのピチョーラー湖に浮かぶレイクパレスにある、「ライオンのレリーフ」です。
なぁんと、ウル・ジャーミィのものとそっくりではないですかぁ!
この動物闘争文様は、ペルシアから継承されたものなのだそうです。
へぇ~、ということは、このウル・ジャーミィのレリーフは〝ペルシャ起源〟ですね。

ウル・ジャーミィは、以前の記事で書いていますように、ローマ帝国時代の教会を後にモスクに建て替え、11世紀のセルジューク朝時代、スルタン・メリクシャー(Sultan Melikşah)によって改修されたものです。
この「セルジューク朝」がポイントです。

セルジューク朝はトゥルク系(トゥルクマーン)の王朝ですけれど、建国の地は今のイランですし、その後もイランを中心として栄えた王朝ということで、文化面ではペルシャ色が強いんですよね。
なので、このレリーフもペルシャの影響がものすごくよく表れているということなんでしょうか。
わぁ、すっきりしましたぁ。

で、もうひとつ「ライオンのレリーフ」です。

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こちらは、城壁にあるいくつかの塔の中のひとつ、「七人兄弟の塔(Yedi Kardeş Burcu)」に刻まれたレリーフ。
(写真は、ディヤルバクル県・文化観光課発行のパンフレットより)
真ん中にある双頭の鷲は、セルジューク朝の紋章。
その下に、二匹のライオンと碑文。これらもセルジューク朝時代のもの。

この城壁は、ローマ時代に建設されたものを、11世紀、アルトゥク朝時代に大々的に改修したものです。
城壁には、ディヤルバクルの町を治めた12の王朝それぞれの時代の碑文やレリーフがたくさん刻まれていて、それを見ているだけで、この町の歴史がわかる、ともいわれています。
一度、じっくりと城壁を散策してみたいです。

ディヤルバクルには、この他にもライオンのレリーフはいくつかあるようです。それらはまた今度、ということで。
今日はなんだか酔狂な記事になってしまいました。(って、いつもこの調子ですか)
物好き記事にお付き合い頂いて、ありがとうございました。


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by yokocan21 | 2007-06-03 06:30 | ディヤルバクル  

旧市街の食品市場

先週末、ちょっと用事があって出掛けてきた旧市街(城塞内)。
この町を代表するモスク、ウル・ジャーミィ(Ulu cami)の通りを挟んだ向かい側、大通りをちょっと入り込んだ所にある食品市場です。

路地といってもいいような細道の両側に広がる、生鮮食品街です。
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f0058691_17462843.jpgこちらは、主に乾物を扱っているお店。
屋根からぶら下がっているのは、乾燥オクラ。
細切れ肉とトマト味で煮込んだり、スープに入れたりします。



トルコの朝食に欠かせないオリーブとチーズの数々。
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この町の特産チーズは、三つ編みにした「オルグ・ペイニル(Örgü peynir)」というもの。ちょっと塩味が強いので、塩抜きしてから食べると、とっても美味しいんです。コクのある味です。
写真一番左端に並べられているんですけれど、ちょっと見えないですね...。

平たいチーズ(名前はわからないです)や、イラン国境に近いワン(Van)という町の特産、「オトゥル・ペイニル(Otlu peynir)」というハーブ入りチーズなど、個性豊かなチーズが揃っています。
トルコはさすが元遊牧民族、チーズの生産が盛んで、地方ごとに特色のあるチーズが作られています。

こちらは、近くを流れるティグリス川で捕れた川魚たち。
名前、教えてもらったんですけれど、見事に忘れてしまいましたぁ。とにかく大きいんで驚きました。コイやナマズも捕れるそうです。
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この市場で一番よく目に付くのが肉屋さん。
元遊牧民、肉食の国、特にこの地方は肉料理が盛んなので、なるほど~です。
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店先には、こぉんなものたちがどどぉっと~。
はい、羊の内臓です。
ぶら下がっているのは、腸と胃袋。手前は、掃除された胃袋でしょうか。奥には頭と足。
私たち日本人が魚を余すところなく食べるのと同じで、トルコ人は羊を余すところなく食べるんです。
毛は言うまでもなく、毛糸にして絨毯やキリムとして、皮は衣服になりますよね。
内臓はそれぞれ綺麗に洗って、胃袋だとスープにしたり、肝臓や心臓などの臓物は主にケバブに、腸はムンバルやスジュックという腸詰めにしたり。オスの睾丸も食べますよ(ケバブが美味しいらしい)。
そして、頭は茹でてオーブンで焼いて食べたり、スープにしたり。
足も茹でで焼いたり、スープにしたり。
この、頭と足のスープはうちのダンナの大好物~。ケッレ・パチャ・チョルバス(Kelle Paça çorbası)といって、臓物を扱っているレストランでは、定番スープです。おろしニンニクやレモン・酢と一緒に食べます。(ちなみに私はちょっと遠慮します...)

f0058691_17494752.jpg頭(ケッレ kelle)のオーブン焼き。
うぅっ、グロテスクーーー。
その奥には、足のオーブン焼きが。
買い物に来ていたおばさんが、手にしようとしています。
トルコの人達、こうゆうものを見ると、遊牧民の血が騒ぐんでしょうねぇ。



ちょっと見苦しい写真が続いたところで、今度はキンキラの世界へ。
何となく中東チックな雰囲気なこのアーケードは、ハサンパシャ・ハン(Hasan paşa Hanı)という商業館の中に広がる貴金属店街。
この食品市場はこの建物の横にあります。
トルコでは、金(ゴールド)は換金性のあるものなので、アクセサリーというだけではなく、資産としての位置付けもあるんです。
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で、最後に、この市場へ出掛けていったわけ。それは、これを買うためだったんです。
イソット(isot)と呼ばれる、乾燥唐辛子粉。
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ディヤルバクルの隣町、ウルファという町の特産で、私の住んでいる地区ででも売っているんですけれど、やっぱりこういうものは、こういう市場で買うものが一番美味しいんですよね。
かなーり黒味がかった色艶のよいもので、味ももちろん濃~いですし、香りも独特のものがあるんです。
そして、何よりもとぉっても辛い!でも、辛さが嫌味なものではなくて、後味を引く美味しさ。これを使うと他の唐辛子粉は使えないです。もう、我が家には無くてはならないものになっています。

ディヤルバクルの昔ながらの市場の様子をわかって頂けたでしょうか。規模的には、決して大きなものではないんですけれど、この町独特の濃い雰囲気が伝わっていればなぁ、と思っています。

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by yokocan21 | 2007-05-03 17:57 | ディヤルバクル  

ダァ・カプ(山の門)付近

ディヤルバクル、城壁内の景色をサラサラっと。

旧市街をグルリと囲んだ城壁が唯一途切れている個所が、ダァ・カプ(Dağ Kapı)(→山の門)という城門のところ。聞くところによると、近年になって大通りを通すのに、わざと門を取り払ったとか。

そのダァ・カプに程近いところにあるモスクが、ネビ・ジャーミィ(Nebi Camii)。またの名をペイガンベル(Peygamber)・ジャーミィ(→預言者のモスク)。
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16世紀初頭のアクコユンル朝(白羊朝)瀕死の時期(最末期)に建設されたものです。こういう時代背景のためか、オスマン朝様式も取り入れられたものだそうです。
ミナレットに刻まれたの碑文によると、このモスクはハジ・フセインによって1530年に建てられ寄進されたということです。ところが、このミナレットは20世紀初頭に崩れ落ち、1960年代に再建されました。
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正面玄関の天井のペイントは、オスマン朝の影響大という感じです。↑

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このモスクの前には、ずらーっと靴磨き屋さんが。
大都市では殆ど見かけなくなった道端の靴磨き屋さんですけれど、ディヤルバクルではまだまだ健在です。
ちなみに、ダンナが磨いてもらった料金は、1.5YTLをまけてもらって1YTL(=87円)でした。
埃っぽい町を歩き続けた靴は、そりゃもう真っ白になっていましたけれど、丁寧に磨いてもらってピカピカになっていました。
で、磨いてもらっている間は、トルコお馴染みの世間話。

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このモスク前から望んだダァ・カプ。写真左端で城壁が途切れているの、わかりますか。

ところで、昨年より、城壁内を中心に大規模な道路整備工事が行われています。
東西の目抜き通りから始まって、今はネヴィ・ジャーミィ前の大通りが工事中。緑が少ないこの町に少しでも緑をと、等間隔に木も植えられています。
そして、ダァ・カプのすぐ外側=新市街側にある広場も、何にもなかっただだっ広いだけの広場が、イベントなどが行われるように昨年より整備工事中です。
トルコで一番立ち遅れている地方、南東部地方の町ディヤルバクルも、徐々にですけれど整備され綺麗になっていってます。
主な産業のないこの町で、こういう整備工事が立て続けに行われているということは、地元の人達の雇用にも繋がるわけですし、これからもどんどんやってもらいたいですね。

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こちらは、ネヴィ・ジャーミィより旧市街中心部に歩いていった所にある建物。
屋根の上にあるもう一つの屋根が何とも可愛いんです。
地図を見ると、ハマム(Hamam)(→トルコ風呂)とありますけれど、どうなんでしょう...未確認です。


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その日のお昼ご飯を食べた有名ケバブ屋さん、ONUR OCAKBAŞI (オヌル・オジャクバシュ)のケバブを焼く風景。
オジャクバシュとは訳すと「炉端」です。ケバブの写真は撮り損ないました。

ハマムの未確認といい、ケバブの写真撮り損ないといい、〝しっかりしろよー!〟です。情けない...。

今日は何とも地味な記事になってしまいました。

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by yokocan21 | 2007-04-16 05:06 | ディヤルバクル  

イチ・カレ(内城)散策

随分とご無沙汰しております。
季節の変わり目、最近どうも調子が悪くって...。パソコンの画面をじーっと見ていると目が痛くなってきて、困ったもんです。

で、今回は、先週末に散歩して来たところを紹介です。

ここディヤルバクルは周囲をぐるっと城壁に囲まれた町なんですけれど、その城壁の中の北東の隅の一角が更に城壁で囲まれているんです。外敵からの二重の防衛ですね。
イチ・カレ(İç Kale)」と呼ばれる内城です。
ここへは、城壁内の通りから「サライ・カプ(宮殿門)」(Saray Kapı)という門をくぐって入っていきます。

このイチ・カレ、オスマン朝時代はディヤルバクルの行政の中心地だったそうです。そのもっと前のアルトゥク朝時代には宮殿も建てられていたそうです。
ところが今は荒れ放題。最近までは、軍の管理下にあり刑務所があったそうで、立入りも禁止されていたそうです。
そこで、立ち上がったのが「イチ・カレ修復プロジェクト」。国が、この一角を昔の華やし頃の姿に戻そうと、一大プロジェクトを立ち上げたのです。

私達が訪れたその日は、ちょうど「イチ・カレ修復プロジェクト開始」の記念式典のある日だったのです。何と偶然。
首都アンカラから文化・観光大臣がいらっしゃり、県知事も参加されるとかで、あちこちにライフルを構えた警官が立っていて、ちょっと物々しい雰囲気でしたけれど、こぉんな可愛いダンサー達に迎えられてニコニコ気分。
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1時間後に始まる式典のリハーサルをしている、地元の中学生たち。
この地方の民族舞踊です。伴奏は、ズルナというラッパと、ダブルという太鼓のみ。このズルナというラッパ、私にはどうもチャルメラに聞こえて仕方がないんですよね。

f0058691_18213835.jpg女の子達のかぶっている帽子
(たぶん「kofi(コフィ)」という)が何とも可愛い・綺麗♪



f0058691_18224433.jpgまず、こちらの建物が修復されていました。観光局が新市街のビルから引っ越してきていました。

後ろに見えるミナレット(尖塔)は、ハズレティ・シュレイマン・ジャーミィ(Hazreti Süleyman Camii)のもの。
このモスクも由緒あるもので、訪れたかったんですけれど、ちょうどその日の前日がメヴリド・カンディル(Mevlid Kandili)というムハンマドの生誕日だったこともあって、その余韻で敬虔な人達が大勢お祈りに来られていて、とてもお邪魔できるような雰囲気ではなかったんです。
こちらは日を改めてまた、ということで。



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こちらは、イチ・カレの最奥部にあるセント・ジョージ教会(Saint George Kilisesi)
建てたれた年月は詳しくはわからないそうですけれど、使われている建材や様式から、おそらく2世紀のものだといわれています。
ローマ時代には、火を祭る神殿として使われていたそうです。
時代が代わって、アルトゥク朝時代には、宮殿のハマム(トルコ風呂)として使われていたのだそうです。
そして何と、アルトゥク朝時代、このハマムと宮殿では、ジズレ(Cizre)出身のエブール・イズ・エル・ジェゼリという人の作ったロボットを使っていた、という記述があるそうです。ほう~。

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あまりにも可哀想な姿に、呆然としてしまいました。真ん中の屋根は抜け落ち、横のドームや壁は苔だらけ。
それでも、内部は見事な装飾でした。

ちょうどこの日、この教会の修復が開始されたようで、外壁を削る作業がされていて中はものすごい砂埃。ちょっとの間も目を開けていられないほどでした。なので、ささっと写真を撮って終わり...残念。
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この他の建物は見事に朽ち果てた姿。このように壁のみが残っていたり。
これらが全て修復された時には、見事な景観になるんでしょうね。楽しみです!わぁ、見てみたい見てみたい!
でも、その頃まで私たちはこの町にはいなさそうです...。(凹)(ダンナの転勤があります)

最後に、イチ・カレの城壁の上からの眺め。
前を流れるのは、ティグリス川。
その左上には、水産試験場(川マスの養殖場があり、横のレストランでは川マス料理が食べられます)。丘の上には、ディジュレ(Dicle)大学のキャンパスが。(ちなみにトルコ語でティグリス川は「ディジュレ」です)
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※ところで、ティグリス川の語源はギリシャ語で、古代ペルシャ語「ティグラー」からの借用語。ティグラーとは「尖った」という意味で、アヴェスタ語(ゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』に用いられている言語)では「ティグリ」=「矢」となり、ティグリス川とは、「矢のように早く流れる川」という意味だそうです。
そしてギリシャ語で「ティグリス」とは「虎」の意味もあるそうです。
以上、『シュメル -人類最古の文明(小林登志子著)』より。

古代から暴れ川だったんですよね。あの『ギルガメッシュ叙事詩』は、この川の氾濫で起こった洪水の物語ですよね。この川を眺めるたび、悠久の歴史を感じます。そして、下流にあるバグダッドのことも...。


※ディヤルバクルの城壁については、HPでちょこっと紹介しております。

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by yokocan21 | 2007-04-06 18:36 | ディヤルバクル  

春分の日=ネヴルース

今日3月21日は春分の日。日本では祝日ですけれど、トルコでは祝日ではありません。
しかし、『ネヴルース(nevruz)』という春のお祭りなんです。
ネヴルース、お隣イランでは『ノウルーズ』と言って、ペルシャ語で「新しい日」という意味です。イランではこの日が「新年」だそうです。

このお祭り、イランや中央アジアの国々では、国の祝日として祝われる祭日で、歴史は古く、紀元前7世紀頃から祝ってきたそうです。

特にイランでのお祝いがよく知られているようで、家の前で火を焚いてその上を飛び越え、無病息災を祈願する儀式はTVで何度か観た事があります。
勿論、ここトルコでもこのような儀式を行っている地域があります。そう、この南東部地方です。

このディヤルバクルの位置する南東部地方は、クルド人の割合が多く(ディヤルバクルは人口の殆どがクルド人)、ネヴルースはクルド人の祭日(新年)でもあるんです。ちなみにクルド語では『ネヴロース(newroz)』です。
何日も前から町の主要な場所には、クルド語で書かれたお祝いの横断幕「NEWROZ PIROZ BE」が掲げられるので、私なんかは「あぁ、そうなんだ~」と気が付きます。(多分、「ネヴロースおめでとう」でしょうね)

それでは、トルコ南東部地方の村々に昔から伝わっている習慣を紹介してみます。(聞きかじり、読みかじりですけれど。)
前日は、お祭りの準備として、洗濯や掃除を済ませて食べ物の用意をします。
特別なお料理としては、ボレッキ(※注1)や、玉ねぎの皮で色付けした卵、ロクム(ターキッシュ・ディライト)やキャンディー、レブレビ(※注2)など。

お祭り当日3月21日は朝早く起きて、新しい服を着て、前もって準備していた食べ物を持ってお墓参り。お墓ではコーヒー(トルココーヒー)を淹れて飲むそうです。その時、ご近所の方々のお墓もお参りするそうです。
そして食事をするのですが、その時サズ(トルコの弦楽器)の演奏やそれに合わせて歌を歌ったりしてお祝いをします。
お墓参りが終わると、親戚や近所の方々とのお互いの家を訪問をし合って、食事や飲み物を楽しみます。そうして夜遅くまでお祭りは続く、ということです。

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こちらディヤルバクルでは、お祭り当日は、朝から、町の大きな広場(ちょっと郊外にあるコンサート会場のような所)で催し物が開かれ、市民はちょっとお洒落をして出掛けて行きます。地元の歌手のコンサートがあったり。
ただこの催し物、政治色が強くて、一部の団体がクルドの民族運動を煽動したりと、本来のお祭りとはかけ離れたもののように感じます。
昨年のネヴルースは、煽られた一部の人が暴徒と化してしまいました。幸い今年は、事前の取り締まりもあってか、何事も起きずにホッとしています。
(このような催し物は、イスタンブールを始め大きな町でも開催されています。)

本来は、厳かなお祭りのはず。どうか平和で穏やかなお祭りであって欲しいものです。

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        赤・黄・緑は、クルド人のシンボルカラー。

写真は、ディヤルバクルでの本日のネヴルースの催し物の様子。民族衣装を着た女性達が多くいたそうです。
1枚目は、tv8.com.trより、2枚目は、ntvmsnbc.comより。

※注1 「ボレッキ」・・・ユフカ(またはフィロ)という薄い生地に、具を挟んだり包んでオーブンで焼いたり揚げたりしたもの。具は、白チーズや炒めた挽き肉、ほうれん草など。
画像参照はこちらへ。

※注2 「レブレビ」・・・ひよこ豆を煎ったもの。


【追記】
このネヴルース、オスマン帝国時代には祝日だったようなんですけれど、共和国になってからは、祝日ではなくなってしまいました。


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by yokocan21 | 2007-03-22 06:41 | ディヤルバクル  

旧市街を散歩

引き続き、いいお天気が続いているディヤルバクルです。
なので、ちょっと旧市街の方までお散歩。

昔々から殆ど変わっていないと思われるバザールの喧騒や、車が一台通るのがやっとの細い小道など、この町の代表的大モスク、ウル・ジャーミィ (Ulu camii)界隈はもっともディヤルバクルらしいエリアです。

ウル・ジャーミィの、通りをはさんだ向かいにあるのが、ハサンパシャ・ハン(Hasan Paşa Hanı)
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1573年に建てられた商業館は、重厚な造りで、中庭のあるディヤルバクル様式の建物です。今は、主に貴金属店(ゴールドを扱っている)が並ぶ商店街になっています。
かなり痛みが激しいので、ちょっと近寄りがたい雰囲気の建物なのですが、今年から修復作業が始まったので、完成が楽しみです。

ウル・ジャーミィの横には、大バザールが広がっています。
衣類や布地、金物、銅細工のお店などなど。
そこで見かけたのが、こちらの衣装。
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地元の人達のおしゃれ着。この町の人口の大多数を占めるクルド人の女性が、結婚式などで着る晴れ着です。
真ん中の、黒い布地に金や銀の刺繍の入ったものは、特に好まれているようで、この地方の民族衣装としても有名ですよね。



そして、バザールの外にも色んなお店が軒を連ねています。
日用品や香辛料、金物のお店などがあります。そこで見つけたのがこちら。
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トゥトゥン(tütün)と呼ばれるタバコの葉っぱです。
この町のおじさんたちは、このトゥトゥンを紙でクルクル巻いた、自家製紙巻タバコをよく吸っているんですよね。
うぅ~っ、きつそう。

f0058691_23224661.jpgバザールとウル・ジャーミィの間の小道。
奥に見えるのは、モスクのミナレット(尖塔)。



帰りがけに見かけた、ジーエル・ケバブ(ciğer kebabı)→ レバーのケバブ のお店。
夕食の準備中でした。長~い串にさされたレバーを、炭火で焼くと、とってもジューシーで美味しいんですよね。ピリッとスパイスが効いていて、私の大好物!
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ジーエル・ケバブについては、以前に こちら で載せています。

f0058691_23325042.jpgその食堂の前に置かれていたディスプレイ(?)→



たまには、観光客気分で、旧市街の小道をぶらぶらするのも、楽しいです♪


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by yokocan21 | 2006-11-29 23:37 | ディヤルバクル