地中海の街・イスケンデルン

先日の記事で、ディヤルバクルからイスタンブルに引っ越して来るときに、約1400kmを走破してきました~と、書いたのですけれど、今日はそのお話の続き。

ディヤルバクルをお昼前に出発して、その日の夕方にたどり着いた町は、地中海沿岸のイスケンデルン(İskenderun)
途中のウルファからは高速道路が付いていますので、結構楽な旅でした。

ここは、地中海の北東のどん突きに当たる場所。
海岸通りは、パームツリーの並木道。芝生の公園が広がっていて、さすが地中海の町だわぁ~という開放感に溢れています。こんな感じです。
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でも、しっかし湿気が凄かったです!もう、町を歩いているだけで汗がだぁ~っ。カラカラ乾燥のディヤルバクルからやって来た身には、こたえましたよ。
町の電光掲示板をふと見ると、なんと!「湿度85%!!!」。 これって、日本の夏より凄いじゃぁないですか!町の人いわく、イスケンデルンはトルコでも一番湿度の高い町なのだとか。納得。

こちらは、海岸通りにあるメモリアル・パーク。1938年7月5日に、この町がフランス領シリアから奪回された記念碑が建っています。
この辺り、夕方から深夜にかけて若者達や家族連れがわんさとやってきては、散歩したりお茶を飲んだりと、市民の憩いの場になっているようです。
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さて、ここでいつものように町の概要をザザーッと。

イスケンデルン(İskenderun)。この地は、かのアレキサンダー大王にちなんで名付けられた数ある都市のうちの一つなんです。
アレキサンダーをトルコ語読みすると、〝イスケンデル(İskender)〟となり、まさに、その通り。
紀元前333年、イッソスの戦いでペルシャ軍に勝利したアレキサンダー大王は、北シリアに位置するこの地の重要性に注目し、都市の建設を命礼したと言われています。
当時の名前は、〝アレキサンドレッタ(Alexandretta)〝。

この辺りには、紀元前2000年頃から町の形成がなされていたそうです。
また、紀元前1200年以前は、フェニキア人の植民都市として、「Myriaydus」と呼ばれていました。その後、ハッティ人やフルリ人に支配され、紀元前6世紀以降はペルシャ帝国の支配下となります。

アレキサンダー大王の統治の後は、セレウコス朝、ローマ帝国、そしてビザンティン帝国の支配と、この辺り一帯にみられる一様の歴史を歩みます。
7世紀中頃にはアラブ人に支配され(イスラム化が進む)、セルジューク朝支配の後、1097年には第一次十字軍の支配下となります。1516年にはマムルーク朝の支配下となり、1517年にはオスマン朝の支配下に入ります。

そして、第一次世界大戦時の1918年、この地はフランスの統治下となります。1938年までの間、このイスケンデルンを含むハタイ(Hatay)県は、フランス領シリアの一部として統治されたという歴史があります。
1938年9月7日より、1939年6月29日までの間は、「ハタイ共和国」という国が作られていましたが、1939年6月29日、正式にトルコ共和国へと編入されました。

トルコには、色々と激動の歴史を駆け抜けてきた町が多いのですけれど、ここイスケンデルンも例に漏れず。ほんの最近まで激動の歴史の真っ只中にいたのですよね。

【追記】
ところで、現在のイスケンデルンは、町の北側に大規模な重工業地帯をかかえる、産業・工業都市となっています。高台を走る高速道路からは、煙突からモクモク煙が立ち上がっている様子がよく見えました。
そういうこともあって、近年は海や空の汚染が酷いらしく、公害も問題となっているようです。発展し続けるトルコの、もうひとつの姿がここにもありました。
また、町の中心部には、これといった見どころ(歴史的なモスクや建築物etc.)もなくて、ちょっと寂しいです。

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それでは、ここから本題です!って、またまた食べ物のことなんですけれどぉ.....。

この町には、ダンナの仕事上の知り合いの方がいらして、美味しいお店に案内してくださいました。
その時は、奥様とお子さんは奥様の実家へ里帰りされていて、お会い出来なかったのが残念でした。

イスケンデルンの町より、海沿いに南へ車を走らせると、瀟洒な家々が建ち並ぶ別荘地へと入っていきます。その先は、リゾート地としても有名なアルスス(Arsuz)という小さな町。
そのアルススの手前、別荘が並ぶ一角にあるシーフードレストランです。やっぱり海辺に来たからには、シーフード
この日は、ちょうどダンナの誕生日でもあったので、お祝いも兼ねて。

まずは、前菜(メゼ=Meze)から。
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イスケンデルンは、一時期シリア領だったこともあって、シリアやレバノン風の前菜が多く見られるんです。
・写真一番奥は、レバノンのメゼの代表的なもの、〝タブーレ(tabbouleh)〟
たっぷりパセリの香りが嬉しい、ブルグル(挽き割り小麦)とトマトのサラダです。レモンやスマック(※)がたっぷりと使われていて、オリーブ油もたっぷりな割にはあっさりと食べられて、とっても美味しかった~!
・その左下は、私の大好物、フムス(Humus)。パンがすすむ~。さすが本場のフムスは香ばしくって美味しかったぁ!
・その下の白い物は、羊の白チーズ。クルミと一緒に。トルコ人的には、「ラク(rakı)には白チーズ」なのです。
・右真ん中の赤い物は、ムハムマラ(Muhammara)。これも私の大好物~。ナル・エクシシ(nar ekşisi)というザクロシロップがかかっていて、ピリリッと辛くって、これもまたパンがすすむのですぅ。危険。
・右手前は、グリルした赤ピーマンのヨーグルト和え。

※スマック(sumak)・・・中東地域でよく使われる、赤紫蘇のような濃い紫色と香りをした酸っぱいスパイスです。こちらに写真があります。

メインは、ラゴス(Lagos)という地中海でよく捕れる魚。日本では、たぶん「クエ」です。
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この町では、「カヤ・バルーウ(Kaya balığı)=岩の魚」と呼ばれたりしていました。うん、なるほど、見かけは岩っぽい。
小ぶりなものを素揚げにしてもらいました。緑色のはライム?と思ったのですけれど、レモン。
このもっちりとした食感と、淡白な味でとぉっても美味しい魚ですよね~。揚げたのも美味しかったです!
クエって、日本でも高級魚ですよね。ここトルコでもお高いお魚で、地中海地方以外ではなかなかお目にかかることがないんですよ。でも、ここ地元では、比較的割安に食べられまして、うふふっっラッキーでしたぁ。

波のせせらぎを聞きながら、美味しいメゼの数々とラゴスのご馳走~。パンもいっぱい食べておなかいっぱい。そして、私は白ワイン(ハーフボトルです、ちなみに)でホロ酔い~。
ダンナのお誕生日も、こうして楽しく夜が更けていったのでした!

で、フィニッシュ。 な筈がぁーーー。 ↓↓↓ 


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《 続きです 》

このダンナの知り合いのAさん、なかなかノリのいい方で、その後は「デザート~!」へと突入されてしまいました。
連れていかれたのが、町の中心部にある、何だかオシャレなパスターネ(Pastane)です。トルコのケーキ&お菓子屋さん。
「もう食べられない~」と言いながら、「イスケンデルンに来たからには、これを食べてもらわないと」
ということで、出てきたのが、こちら。
クネフェ(Künefe)です。

f0058691_731471.jpgクネフェは、ディヤルバクル時代にも何度か登場した、我が家の大好きなデザート。

カダユフ(kadayıf)という細~い素麺のようなパスタのようなものの間に塩気の少ないチーズを挟んで、オーブンで焼いたものにシロップをかけた、甘~いお菓子です。

トルコにおけるクネフェの本場は、このイスケンデルンと隣町のアンタクヤ(Antakya)。


おぉ~っ、本場のクネフェ~。

でもね、ちょっと何かが違うのでした.....。
どうも、シロップが酸っぱい。いや、中のチーズが酸っぱいのか。Aさんに尋ねると、「これが美味しいのだ!」とおっしゃる。

うーん、そうっか、こちらのクネフェはちょっぴり酸っぱ味があるのですね。
美味しいのには違いないんですけれど、私の口には少し違った食感だったのです。

ということで、満腹の上に、更に甘~いデザートまで食べてしまい、これでは大変と、ちょっとお散歩に。
湿気でべとべとになりながら、でも爽やかな夜風に吹かれながら、海岸通りをブラブラと。
引越し移動日・第一日目から、いきなり濃~く美味しいものに出会い、幸せ満開だったのです♪

最後に、地中海に沈む夕日~。
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by yokocan21 | 2008-10-15 07:43 | 旅・散歩  

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